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或る皇国将校の回想録
第四部五将家の戦争
第七十二話 龍塞の裏で糸を紡ぐ
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する程度で済ませただろう。
「指揮を執っておられるのは定康様ですか――若殿は随分と御変わりになりましたね」

「まぁ喜ばしい事だ。若殿が奮起したのであれば答えるのも仕事の内だ。とりわけこの地を護る事であれば
まぁ大義の熱が冷めて、投げ出した場合の事も考えるべきかもしれないがね」
 草浪は無表情に頷いた。豊地を不忠者と呼ぶつもりはない、軍隊に長くいれば誰もが似たような意見を持つものだ。
「だとしても我々の次期棟梁はあの方です」
「そうだな、であるからには我々はあの方を支えなくてはならない。貴様はどうだ、草浪」
 豊地の目は鋭利な悟性を閃かせた。
「鞍替えはともかく、鞍の乗り方を変える自由は誰にもでもあると私は思うが」

「‥‥守原の次期棟梁は定康様です、疑うべきところは何もないでしょう。例え何があろうとも」

「貴様は質問に答えていない――だがいいだろう。」
 豊地は決して政治屋ではない。守原家への対応が“殿様”と“上官”の狭間にある点では草浪と似通っている。だが二人とも軍事官僚として五将家体制下で起きた社会変動を眺めていただけあり、五将家の恐ろしさを――その限界と共に知悉している。

「まぁなんだ、俺も貴様も面倒な時に生まれ落ちたものだ。貴様はおまけに好き好んで面倒を背負う性質のようだからな」

 草浪はふっと口元をゆがめた。「えぇそうですね、そうです、まったく好きで好んだからこそ、です」

「だからこそ、か。どうかな。国の為に忠義を尽くすのか。御家の為に尽くすのか、或いは自分の幸福の為に目の届く範囲を護るのか
まぁ誰も彼もが似たようなことを違うように言ってのける、あぁただ死にたくないという兵もいるだろう。
まぁどれもがみな同じで、それぞれ程度の違いだろうと俺は思う」
 ふぅ、と豊地は紫煙を吐き出した。
「俺は死にたくない、前線に出るのが怖い。でも御国を護りたいとも思う。子供が幼年学校にいる年だったら“護州公家重臣”としての立場を利用して兵站部にでも逃がしたかもしれない。どれも本音だ、下衆だとも思うし青臭いとも思うよ、だがね、自分がそう思うのは当然だとも思う」
 草浪は無表情にその言葉を受け止める。
「個人の内心を普遍化するのは危険だと思います」

 豊地は貴様の意見もわかるけどな、と紫煙を吐き出した。
「俺は大抵の人間はそれがせめぎ合っているのは同じだと思うよ、“だからこそ何を口にするかが重要なのだ。”と思う。鍍金とて幾重にも重ねれば自分もそれらしく思えるものだ」
 気恥ずかしそうに秀才参謀の顔に戻り、細巻を灰皿に押し付けて席を立つ。
「他人の内心などわからん。だが俺はそう思わないとやってられないというだけだ。
それに内心はどうであれ、俺達は人の子であり、〈皇国〉軍将校であり、守原の家臣であり
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