第二章
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「全然だったな」
「すぐに回れ右してな」
川上はファーストだった、だがファーストの方に打球が来てもというのだ。
「ベースに入ってな」
「碌に守らなくてな」
「送球もちょっと逸れたら取らないしな」
「そんな風だったな」
「チームプレイとかしなくてな」
「自分が打てればいいってな」
「嫌な奴だよ」
それが川上哲治という人間だったというのだ。
「そんな奴が巨人の監督だからな」
「応援する奴は知らないんだろうな」
「長嶋や王ばかりでな」
「そんな巨人が優勝してもな」
「全然嬉しくないな」
「野球の為にならないだろ」
「ひいては日本の為にもな」
心ある者達はわかっていた、巨人が野球そして日本ひいては世界にとってどれだけの忌まわしい害毒であることを。巨人は負けることこそがあるべき姿であるのだ。まさに巨人には無様な負けがよく似合うだ。
彼等は酔っている中でそんな話をしていた、そうした話をしつつ終電が終わった東京の街を歩いていたが。
目の前に走っている男を見た、それで一人が言った。
「おい、あの人な」
「あの走ってる人か」
「あの人がどうしたんだ?」
「あれ榎本じゃないのか?」
こう言うのだった。
「ひょっとして」
「おい、榎本引退しただろ」
「西鉄でな」
「そりゃ戻ってきてるかも知れないけれどな」
西鉄のある福岡から東京にというのだ。
「それでもな」
「引退した榎本がここにいるか?」
「それはないだろ」
「幾ら何でもな」
多くの者が最初はこう思った、だが。
彼等もその走っている者をじっと見てだ、遂に認めた。
「おい、本当にそうだな」
「あれは榎本だぞ」
「榎本だぞ」
「走ってるぞ」
「こっちに」
「そうだろ、榎本だぞ」
最初に彼を見た者がどうだという口調で話した。
「あの人は」
「ああ、そうだな」
「間違いないな」
「あれは榎本だな」
「何で榎本がここにいるんだ?」
「走っているんだ?」
「引退したんだろ」
それでと言うのだった。
「引退したらもうトレーニングの必要ないだろ」
「榎本は稽古って言ってたらしいけれどな」
「けれど引退したならな」
「もういいだろ」
「稽古してどうするんだ」
「意味がないだろ」
彼等はこう思った、それでだった。
走っている榎本のところに行ってだ、彼に尋ねた。
「あんた榎本さんだよな」
「そうだよな」
「はい、そうです」
礼儀正しくだ、榎本は彼等に答えた。走るのを中断してそのうえでのことだ。
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