第二章
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「それならだ」
「もういいのね」
「何もな、だからだ」
「それでっていうのね」
「もういい、誰にも迷惑をかけないでな」
「死ねればなのね」
「わしは他に何も望みもない」
こう言って曾孫達には笑って小遣いをやった。そうしてだった。
日々茶を飲んでいた、その中でだった。
昼食の後でまた茶を飲んでいるとそこでだった、ふと彼の目の前に一人の少女がいた。
緑色の着物を着て楚々とした顔立ちの小柄な少女だった、年齢は十四程か。黒髪を腰まで伸ばしている。
その彼女を見てだ、鷲塚はまずはこう言った。
「お迎えか」
「いえ、違います」
即座にだ、少女は鷲塚に慌てた口調で答えた。
「私はお迎えじゃないですよ」
「じゃあ何だ」
「お茶の精です」
こう鷲塚に答えるのだった。
「お爺さんがいつも飲んでいる」
「お茶の精か」
「そうです」
「精霊に会ったのははじめてだな」
長生きしたがとだ、鷲塚は内心思った。
「死ぬ前にいいものを見られた」
「いやいや、死ぬにはまだ早いですよ」
お茶の精は達観した言葉を出した鷲塚にまた慌てた口調で言った。
「ずっと」
「そう言うがわしは歳だしな」
「人生まだまだじゃないですか」
「米寿でもか」
「ここまできたら百歳までどうですか?」
「そこまで生きてどうする、婆さんももういないしだ」
どうかという顔になってだった、鷲塚はお茶の精に返した。
「わし自身な」
「もうですか」
「そうだ、身体こそ健康だが」
それでもというのだ。
「もう何も思い残すことはない」
「だからですか」
「後は死ぬだけだ」
お茶の精にも言うのだった。
「誰にも迷惑をかけないでな」
「まあそう仰らずに」
「酒もいいし美味いものもいいしだ」
鷲塚はさらに言った。
「女も金も地位もな」
「全部ですか」
「何もいい、本当にな」
「ううん、本当に達観されていますね」
「実際そうだからな」
長生きしてそうなったというのだ。
「だからな」
「もういいですか」
「いい、だからあんたも折角出て来てくれたが」
それでもというのだ。
「何かするならな」
「別の人のところに行って」
「若い子のところにでも行くといい」
具体的にはというのだ。
「友達なり恋人になってくれるぞ」
「私そういうのはよくて」
特にだ、お茶の精は鷲塚に答えた。
「今はお爺さんと一緒にいたいんですよ」
「それはまたどうしてだ」
「お茶が好きだからです」
お茶の精は鷲塚ににこりと笑って答えた。
「だからです」
「わしがお茶好きだからか」
「そうです」
「確かに飲むものはいつもお茶だ」
鷲塚もこのことは認めた。
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