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お茶の精
第一章

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               お茶の精
 鷲塚直哉は家でずっと一人でいた、米寿になって妻に先立たれて二年、健康だがそれでもであった。
 家でずっと一人でいて静かに暮らしていた、日課の散歩の後は家に遊びに来る同じ歳の土方実篤と将棋をしつつ言うのだった。
「もうな」
「長く生きたからか」
「婆さんもいなくなった」
 妻のことも言うのだった、若い頃はきりっとした端整な顔で今もその名残はあるが髭はすっかり白くなり顔には皺もある。土方は土方で丸眼鏡をかけた顔に皺が多くなり二人共髪の毛は白くなっており量も少なくなっている。
 その顔でだ、将棋をさしつつ言うのだった。
「やりたいこともなし」
「それならか」
「もう何時でもな」
「死んでもいいか」
「これだけ生きたんだ」
 米寿までというのだ。
「それならな」
「尚更か」
「そうだ、何時死んでもな」
 またこう言うのだった。
「いい」
「本当に欲がなくなるな」
 土方も土方で言う、雨なので居間で将棋を指している。晴れの日は日に当たることも兼ねて縁側で指す。
「歳を取ると」
「そうだな、若い時はな」
「こうなるなんてな」
「それがだ」
「実際にな」
「今じゃこうだ」
 何の欲もなくなったというのだ。
「後は死ぬだけだ」
「死ぬ時に誰も迷惑かけないな」
「そうありたいだけだな」
「本当にそうだな」
「今はな」
 こんな話をしつつ将棋、時々囲碁をする位だった。朝起きて夜寝てテレビは観るがそれだけでだ。孫夫婦が来ても孫娘に言うのだった。
「わしはもういい」
「何をするにしてもなの」
「病気になってもな」
 それが死に至るものでもというのだ。
「特にだ」
「いいのね」
「人は何時だって死ぬな」
「それはね」
 生あるもの必ず死ぬ、それは絶対の摂理だ。孫娘もそれはわかっている。それでこのことは頷いた。
「私だってそうだし」
「この歳まで生きた」
「それなら何時死んでもなの」
「構わん」
 こう言うのだった。
「そういうことだ」
「そうなのね」
「ただ、これは友達にも言ってるが」
 土方に言っていることを孫娘の砂洲澪に言うのだった、若い頃の祖母の面影があるまだ二十代の彼女に対して。
「誰にも迷惑をかけないでな」
「死にたいのね」
「朝起きてぽっくりとかな」
「そんなこと言ってって言いたいけれど」
 それでもだった、澪も祖父の考えを察して言った。
「それでも」
「わかるな」
「ええ、もうお祖父ちゃんもいい歳だし」
「だからだ」
「お祖母ちゃんもいないし」
「やりたいことも全部やった」
 その一生でというのだ。
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