心を燃やす劫火
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まで目を覚ますことはないだろう。場合によっては生きる気力を失い、鬱状態になるかもしれない。だがそんなことはヒトモシの知ったことではない。自分を散々いじくりまわし傷つけた人間がどうなろうと、当然の報いだから。
「ふ……ふふふ」
涼香の指先が、ピクリと動いた。ヒトモシはびくりとする。涼香は腕に力を籠め立ち上がった。一度閉じた瞳は、死んでいない。再び開いたそれは、復讐の炎がはっきり燃えていた。
「あなた、気に入ったわ。私と一緒に、来なさい」
命令し、近くの消火器を両手で持つ。ヒトモシの心を燃やす炎は消火器で消せるものではない。それは涼香もわかっている。
ヒトモシの壁を覆っているのは、水槽のような強化ガラスではなく、炎耐性の耐火ガラスだ。故にその強度は決して高くない。だから涼香は消火器を振りかぶり、全力でガラスを粉砕した。瞬間、ポケモンが脱出する危機を告げるけたたましいアラームが鳴り響いたが気にしない。ここに来るよう命じたのはチャンピオンとしての権限だと四葉は言った。ならここにきてポケモンに襲われたから迎撃したのは普通なら言い訳でしかなくとも正当防衛で通るはずだ。
「も、も、もしぃ……」
ヒトモシは、自分の炎で焼き尽くせない人間に戸惑っていた。どんな強力なポケモンでも、心を焼かれれば動けないはずなのだ。なのに、どうしてと。じりじりと、本人としては全速力で後ろに下がる。
涼香は用済みの消火器を投げ捨て、そんなヒトモシに近づいて、再びしゃがみ込み、たくさんのガラス玉で醜く歪んでしまった体を抱きしめた。頭の炎で自分の肩口が焼けることも恐れずに。
「残念ね。私の心はもうあなたと同じ炎が宿っているの。あの子を焼き尽くすまでは、決して消えない」
瞳を閉じ、アパートで四葉に告げられた真実を思い返せば怒りと悲しみ、体から力が抜け落ちそうな無力感は何度でも蘇る。弟と自分。そして自分のポケモン達を引き裂いた彼女は、どんな理由だろうと許せない。例え復讐を終えた自分の心が消し炭になってしまうとしても、その時までは燃え続ける。
「あなたも、辛かったわよね。信じていた相手に裏切られる辛さは、私がわかってあげる。私なら、あなたと一緒に誰かを燃やし続けられる。だからどんなに辛くても、最後の一瞬まで一緒にいましょう」
モンスターボールによって捕まえられたポケモンは、所有者への強制的な信頼感情を与えられる。所謂『おや』の特権だ。勝手に与えられた信頼に、勝手な裏切り。そんなことが横行するトレーナーの、なんと醜いことだろう。だから、一緒にいきましょう。涼香はかつて四葉に向けていた優しい瞳で告げた。
「もしぃ……もしぃ……」
ヒトモシの瞳から、線香花火のような小さな火が漏れた。それが涙であることなど、考えるまでもないことだ
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