第三章
[8]前話
「左様、それがし死んでおりまする」
「むうう、迷うて出たか」
「しかし一つ成仏する手段がありまする」
「それは何じゃ」
「主殿の腰にある見事な刀を得れば」
それでというのだ。
「成仏します」
「何っ、わしの刀をか」
「それでもう完全に」
「しかしこの刀は当家の家宝、それを渡すことは」
「いえ、ここはです」
太郎冠者が渋る主に即座に忠告のふりをして言った。
「武悪殿の幽霊に渡して」
「成仏してもらってですか」
「ことなきを得ましょう」
「それがよいか」
「そうすればもう二度と武悪殿には会いませぬぞ」
「幽霊にじゃな」
「はい、ですから」
それでと言うのだった。
「ここはです」
「そうか、ではな」
「はい、その様に」
太郎冠者が言ってだった、主も渋々だが腰から刀を取って武悪に渡した。すると武悪は芝居を続けて述べた。
「かたじけない、これで無事にです」
「成仏出来るか」
「これにて。では」
こう言ってだった、武悪はそのまま何処かに姿を消した。太郎冠者はその後姿を見送ってから主に言った。
「これで、です」
「うむ、あの者の幽霊はじゃな」
「出ませぬ、ではです」
「あの者のことを忘れてか」
「公方様に言われたことを果たしましょうぞ、刀はまた手に入れればいいこと」
刀のことも言うのだった。
「それではこのことは忘れて」
「そうじゃな、ことを果たそうぞ」
主はどうにも釈然としないまま頷いてだった、そしてだった。
太郎冠者を連れて公方即ち将軍に命じられたことを果たした、以後武悪は主とも太郎冠者とも会うことはなかった。だが刀は売り飛ばしその銭で死ぬまで楽しく暮らしたという。今も残る逸話の一つである。
武悪 完
2019・1・9
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