業火の中に
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の人々を……この大陸に生きる遍く者達を虐殺している。指を咥えて、座してそれを眺めるだけ……そんな醜悪で怠惰な姿勢を、俺達は執ってはならない。
何故か、などという問い掛けは無用だろう。今も何処かで外敵に怯え、息を潜めて逃れているだろう人々は、一年前のお前達と同じだ。戦う力を持てず、満足に食えるものもなく、明日への展望を何も持てず、ただ座していれば死があるのみ。
その地獄を赦してはならない。『人類愛』の名を負う俺達が、そこに救いの手を差し伸べねばならない。――俺達がやらねば誰がやるッ! いつか誰かが救ってやるだろう、などと楽観する阿呆はいまい。ならば行動する時だ。俺達はまだ弱い、人間は一人では何も出来ない。故に敵を討ち滅ぼす為に力を集めよう。力なき人間を保護し、平和を求める声に応えよう。怖じ気づき、自身の平穏のみを求める腰抜けが此処に居るかッ!?」
否の大喝が一斉に轟く。大気が振動し、間近の城門が、城壁が揺れるかのような士気が竜となっていた。
軍靴を鳴らし、否を叫ぶ兵士達――それに笑みを浮かべ、男は彼らに負けぬ大音声を張り上げた。
「そうだ、否だッ! 勇敢なお前達の中に、そのような腑抜けはいないッ! ならばやるしかない、やれるのは俺達だけだ。誰よりも強く、誰よりも勇敢で、そして何者にも屈さぬ真の兵士であるお前達が、そして俺がやらねばならない」
睥睨する単眼が兵士を一閃する。
それを受けて、彼らは静謐な気を込めて男の視線に応じた。男は頷く。
「相手を敬い、礼を示す行為をこそ『敬礼』という。俺はお前達に敬意を表する。これが本物の敬礼だ」
胸を張り、満身に気迫を込め、右目に真の尊敬の念を宿して右手を翳す。上官である者が先に敬礼をする事は通常は有り得ない。しかし男が示した敬礼に、兵士達は電撃に打たれたように痺れた。
一糸乱れぬ答礼がある。男と兵士達が敬礼を解くのは同時だった。
「スカサハ」
「うむ」
男が一歩下がり、軍服の女が深紅のマントを翻して代わりに前に出た。畏れと恐れの同居する戦慄が、精鋭の兵士達の顔に過った。緊張に体が強張る。
女王の風格を持つ女は苦笑と共に感慨に浸った。懐かしい。数多くの弟子を戦士として鍛え、育てた……。その弟子達も似たような顔をする。しかしまあ、この男達は弟子ではない。教え子ではあるが、弟子を『戦士』にするのと、教え子を『兵士』にするのは勝手が違ったのだ。
死なせてはならない、心を折ってはならない、後遺症となる傷を負わせてはならないと、マスターから厳命されていた。それは過剰なまでに厳しく、相応しくないものを篩に掛けて来たスカサハには難しかった。『戦う者』に相応しくなくとも鍛えねばならない、導かねばならない、このなんと難しき事か。
やり過ぎてしまった事がある
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