士郎くんは一人のために、士郎くんは皆のために
[1/6]
[8]前話 [1]次 最後 [2]次話
助け出したのが実は著名な偉人であったとか、実は高名な軍人だったとか、実は幅広い知識を有する識者であったとか、そんな事はまるでなく。救出したのはとりたてて秀でたもののない、極々普通の民間人であった。
「なんでもっと早く助けてくれなかったんだ!」
――そして。極限状態から解放された故の、軽い興奮から。心が強かったわけでもない青年は、八つ当たりと理解していても士郎にきつく当たる。
「なんで、なんで!? なんでだよッ! エマもシャーリーも皆死んだ! 殺されて、おれだけが――おれとチャーリーだけが……!」
咽び泣きながら士郎に殴りかかる、二十歳そこそこの青年、イーサン。彼は溜め込んだ鬱憤を晴らすように泣きじゃくっている。
「愚図! 糞野郎! ノロマ! そんな強いんならなんで!? なんでだよぉ! ふざけんなぁ! もっと早く助けに来いよ!」
無茶苦茶だ。全部お前のせいだと遮二無二に拳を振るイーサンに、士郎は沈痛に目を伏せ、一度だけその拳を受ける。
痛くはない。素人が闇雲に叩きつけてくるものに苦痛を感じるほど柔ではない。しかし、その一度だけ顔に受けてやっただけで、後は全てはたき落とし。最後にはその拳を手で受け止めた。泣きわめくイーサンに、士郎は言う。
「すまないとは言わない。俺が助けられるのは、俺の目の届く範囲にいる奴だけだ」
「分かってんだよそんなこと! だけどなぁ、おれは――」
「そしてどんな理由があっても、一発は一発だ、イーサン」
手の甲を平手のように振るってイーサンの頬を強かに打つ。撥ね飛ばされたように地面を転がった。呆然とするイーサンが、士郎を見上げる。
その視線に下ろされるのは、憐憫を隠した冷淡な鋼。押し潰されそうな鉄の如き瞳。ひっ、と青年が怯える。その胸ぐらを掴み、腕一本で引き摺り上げた士郎は、イーサンの目を覗き込んだ。
「お前の癇癪に付き合ってやる気はない。嘆くのはいい、悔やむのもいい。だが他者に当たってどうする。俺はお前の親父でもお袋でもないんだ、甘えるな。愁嘆場を演じて『俺は可哀想だから何をしても許される』とでも? 悲劇を免罪符にするな戯け」
手を離し、イーサンを軽く突き飛ばす。よろめいて尻餅をついた彼を捨て置き、士郎は天幕のついた馬車の中に入る。
そこには重体の青年が横たわっていた。イーサンも血塗れだが、それは彼自身の血ではない。恐らく身近にいた人が斬り殺され、その血を浴びてしまったのだろう。翻るにこのチャーリーというらしい青年は深刻な状態だった。
士郎は軽く隻眼を見開き、即座に駆け寄って彼の体に触れる。同調開始と呪文を唱え、彼の体の設計図を読み取る。
必要な処置を把握し士郎は冷静に包帯や糸、針、ガーゼやビニール手袋などを投影
[8]前話 [1]次 最後 [2]次話
※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりを挿む
[7]小説案内ページ
[0]目次に戻る
TOPに戻る
暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ
2024 肥前のポチ