第二部
風の驚詩曲
乳姉妹の憂鬱
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を通り過ぎるたび、「トリステイン万歳! アンリエッタ姫殿下万歳!」の声が地平まで響き渡る。
時たまに「マザリーニ枢機卿万歳!」という声も混じったが、姫殿下への歓声に比べればかなりの少数である。
また、その多くはしわがれた声だ。
片親が平民であるとの噂があるマザリーニ枢機卿だが、何故だか平民からの、特に若い層の支持は薄い。
妬みというヤツはどんな時代にもつきまとう物なのかもしれないが、彼の場合はその容姿も大いに原因となっているかもしれない。
なにせ彼はまだ四十も半ばだというのに腕の骨がくっきりと浮き上がってしまうほどに痩せ細っており、その髪も髭ひげも真っ白に染まってしまっていた。
先帝亡き後、その両手にトリステインの内政と外交を持ち続けた激務が、彼の姿を呪いの如く年齢不相応な老人へと変えてしまったのである。
プライドも美意識も高いトリステインの若い民には、その容姿は到底支持出来るような物ではなかった。
どんなにその政治手腕が傑出していたとしても、である。
それに対して、姫殿下の民衆からの人気は凄いものがあった。
カーテンをそっと開いたうら若い王女が顔を見せるたび、街道の観衆たちの歓声が俄かに高く湧きあがる。
観衆たちへと優雅に微笑みを投げ掛ける王女の御姿からは、なるほど確かにそれだけの魅力を感じることが出来るのだった。
とはいえ、その当の王女はカーテンを下ろすと、深く溜め息をついていた。
馬車の内へと向きなおされたそのすらりとした顔立ちを彩るのは、先ほど観衆たちへと向けられた薔薇のような笑顔ではなく、年に似合わぬ深い苦悩と憂鬱である。
彼女の御年は、当年とって十七歳。
薄いブルーの瞳と高い鼻が目を引く、うら若い美女だ。
街道の観衆たちの歓声にも、咲き乱れる鮮やかな花の彩りにも、彼女の心は惹きつけられず、その細い手は只々先に水晶をつけた杖を弄るばかりである。
現王家で随一を誇る『水』の魔法使いメイジである彼女は、深い深い恋と政まつりごとの悩みに板挟みにされていた。
隣に座るマザリーニ枢機卿が、坊主の被るような丸い帽子を直しながらそんな王女を見つめている。
彼は先ほど、政治の話をするために王女の場所へと移っていた。
だが王女はため息をつくばかりで、全く要領を得なかった。
困った顔つきで、マザリーニが話しかける。
「これで本日十三回目ですぞ。殿下」
「なにがですの?」
きょとん、とアンリエッタはマザリーニへと振り向いた。
「ため息です。王族たる者、むやみに臣下の前でため息などつくものではありませぬ」
「
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