地獄の始まりだよ士郎くん!
[1/6]
[8]前話 [1]次 最後 [2]次話
『目に映る全ての人に幸福でいて欲しい』
酒の席でうっかりと溢してしまった、我ながら幼稚で度し難い戯れ言だ。今時夢見がちな小学生だってもう少しまともな夢を見る。
世界中の人々が幸福だという結果なんて、そんなものは絶対に有り得ないと知っているのに。そんな願いがふとした拍子に溢れていたのだ。
今ではそれが、アラヤ識に埋め込まれた楔の影響なのだと知っている。だがそれは、偽りなく男が抱く潔癖な願望でもあった。
或いは、だからこそなのかもしれない。力足りず知恵及ばずただの人間の限界として、せめて己の手の届く範囲にいる人にだけは、不幸に嘆く涙を流させたくなかったのだ。
綺麗好きで潔癖性。些細な不幸を赦せない独善者。好きに言え。偽善独善大いに結構、それでも本気で夢見ていた。
『なに? アンタ、もしかして気でも狂った?』
素っ頓狂な声音で、直截的に正気を疑う女に、男は酔いの回った顔で文句を投げた。
俺は至って正気だぞ。そう言うと、女は呆れるやら笑えるやら。一頻り可笑しそうに肩を揺らすも、やがて笑いを収めると真摯に忠告する。
『ばかね。アンタはまず、アンタ自身を幸せにしなさい。それがアンタの身の回りを幸せにする、一番の近道で唯一の方法よ。……って、わたし何言ってんだろ……わたしまで酔っちゃったか』
道半ばに立つ男に向け、女は酒の勢いで饒舌に語った。これも酒の魔力と嘯きながら。
『ま、酔っ払いついでに言ってあげるわ。いい、士郎。自分の幸せも分からないまま突っ走っても破滅するだけで、なんにもならない。他人の不幸に首突っ込んで、怪我ばっかして。桜とか藤村先生とか、あとついでにイリヤスフィールをヤキモキさせるなって話。どうせ聞かないんでしょうけど。
でも――もし。もしよ? 士郎。アンタがもしも自分の幸せのカタチを見つけられたんなら、絶対に後悔しない選択肢を選びなさい。命が掛かっていようが、迷ったらダメ。いつも通りお得意の屁理屈捏ねて周りを巻き込んで、盛大にばか騒ぎして進みなさい。アンタのその姿に桜は惹かれたんだと思う。イリヤスフィールだってね。
……わたし? 知らないわよそんなの。あのね衛宮くん。勘違いされたくないからはっきり言っとくわ。心の贅肉塗れなアンタの事、わたし大っ嫌いだから。だってアンタに付き合ってたら、こっちまで太っちゃいそうじゃない』
男は笑った。そうか、それは大問題だと。だってただでさえ贅肉の塊だもんな。胸には贅肉がないのに。
『もぉ、仕方ないわね衛宮くんは……』
にっこりと微笑む遠坂凛は、実に悪魔めいていた。そこで記憶は途切れている。
――昔からそうだった。
なんとなく、見捨てられない。なんとなく、諦められない。なんとなく……負けたく
[8]前話 [1]次 最後 [2]次話
※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりを挿む
[7]小説案内ページ
[0]目次に戻る
TOPに戻る
暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ
2024 肥前のポチ