第四章
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次も高速スライダーだったがこれもだった、ギリギリボールになるものだったが榎本はバットを出さなかった。
三球目はこれまた低めギリギリの切り札シュートだ、榎本はこれは見送った。これでつーストライクツーボールとなった。
ここで和田が普段とは違うサインを出した、そうして稲尾も頷き。
セットポジションから左の踵が上がるフォームから投げた、そのボールは。
落ちた、フォークだった。榎本のバットはそのフォークを空振りし三振となった。こうしてピンチで榎本を無事に討ち取った、この勝負が試合を決め西鉄は勝利を収めることが出来た。
試合の後稲尾は和田とスコアラーに話した。
「いや、あの人にはフォークもないと」
「抑えられないか」
「あいつだけには」
「本当にね、僕は左右の揺さぶりだけれど」
高速スライダーとシュートのだ。
「そこに縦もないとね」
「そう思ってフォークを覚えたんだな」
「そうなんだよ」
和田にもこう答えた。
「冗談抜きでね」
「それであの人にだけ投げる」
「一試合で五球だけね」
「御前にとって特別な人で特別なボールだな」
「他の人には絶対に投げないから」
そのフォークをというのだ。
「何があってもね」
「そうした人とそうしたボールもあるんだな」
「そうだね、何でも杉下さんもフォークはほぼ川上さんにだけ投げたそうだけれど」
巨人の川上哲治だ、中日ドラゴンズのエース杉下茂の有名なフォークは杉下自身が言うにはほぼ川上だけに投げるものだったという。
「僕のフォークもね」
「あの人限定か」
「それも無闇に投げないね」
一試合五球までと定めた、というのだ。
「そうしたボールだよ」
「特別だな」
「うん、けれどあのフォークでね」
「榎本を抑えてくれよ、あいつを抑えたらな」
それこそとだ、スコアラーが稲尾に話した。
「それだけうちの勝利が近付くからな」
「そうしていきます」
確かな声でだ、稲尾はスコアラーにも答えた。そしてだった。
彼は榎本にだけフォークを投げた、それで榎本自身からフォークの話を聞いた野村はこの時に納得した。
「そうやったか、フォークやったか」
「ああ、知らなかったんですか」
「わしには投げんかったからな、けどお前やったらな」
野村も相手チームの主砲として榎本とは戦ってきたうえで彼のことをよく知っている、それでこう言うのだった。
「わかるわ、流石は稲尾やな」
榎本の為だけにフォークを覚えて投げる稲尾も褒めた、そうして納得した。
稲尾和久といえば今も高速スライダーとシュートが有名だ、だが彼がフォークも投げていたことは知る者こそ知る話だ。そのフォークが榎本喜八にだけ投げられていた、そこに稲尾の凄さがあり榎本の凄さがあった。日本のプロ野球史に残る勝負録の
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