暁 〜小説投稿サイト〜
【ユア・ブラッド・マイン】〜凍てついた夏の記憶〜
滴る氷柱3
[2/5]

[8]前話 [1] [9] 最後 最初 [2]次話
エイジは表情が乏しいとよく言われる。だから時々ここで練習する。

 喜んだ顔。やってみるが、笑える時だけ笑えばいいと言われたので下手だ。
 怒った顔。やってみるが、エデンに覇気がないと言われたそれと変わらない。
 哀しい顔。やってみるが、この顔をするとエデンも哀しい顔になるから好きではない。
 楽しい顔。いつも思うが、喜んだ顔との違いがエイジには分からなかった。

 その後いくつかの顔を作り、首を傾げて鏡を後にする。

「恐怖の顔以外、ぜんぜん上手くいかないや」

 それはきっと、記憶を失う前に最後に浮かべた顔だからだろう、と、エイジは他人事のように確信している。これは、エデンにもそれ以外の人にも一切見せず、知らせていないことだ。
 知らせる意味も、必要もないことは、知らせない。


 エイジがこの日、一時間早く目を覚ましたのには理由がある。
 エイジはクラスメイトの中で永海と悟とはプライベートな付き合いが多少あるが、それ以外の人の事を多くは知らない。その中で、この時間帯から既に活動し、なおかつ寮内に存在を確認できない人が二人いる。天掛朧と凪原天馬だ。

 二人は、寮にいるよりも天掛家の出資で作られた和風建築の道場のような場所で活動することが多い。朝はその場所から戻ってきて皆と合流するし、放課後も夕飯前ギリギリまで二人でその建物にいる。天馬はクラス内では積極性を見せるのに、放課後となるとわき目も振らずに朧と共にどこかへ行ってしまう、謎の多い人だ。

 朧もまた、謎が多い。日本皇国鎮守六天宮・天掛一族の血を引く生粋の巫女であることは確かなようだが、天孫と同じ時代から連綿と続く家系であること以外、彼女の個人としての人格を知る機会は意外と少ない。機械音痴の類らしいこと、羞恥心は人並みにあること、天馬に少し厳しいところがあること……本当に、それぐらいだ。

 エイジは二人がどんな人間なのか知りたい。
 だから、二人が何をしているのかを見て確かめるために動いた。

 多分、悟に頼めば捕捉して映像を流してくれる。彼の鉄脈術は情報収集という一点のみに特化したものだし、10キロ程度の距離は離れているうちに入らないと豪語していた。しかしエイジは、その選択肢を自ら断った。きっとそれには、意味がない。重要な何かが欠けることとなる。

 だから、徒歩で向かう。

 五月になって肌寒かった風が温かくなりつつあるらしいが、エイジにとっては「かなり寒い」が「結構寒い」になった程度にしか感じない。
 二人のよくいる道場は寮から歩いて200メートル、ちょうど学校に連なる施設の間に収まりよく入っており、寮や学校からは見えづらい場所にある。人によっては全く近寄る用事がない場所なので、存在自体を知らないかもしれない。

 道場の入り口
[8]前話 [1] [9] 最後 最初 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ