序「特異点F」
成し遂げたぜ士郎くん!
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『――シロウ』
黄金に煌めく朝焼けを背に、淡い微笑みを湛えた少女が愛おしげに少年の名を呼ばわった。
穏やかな風。柔らかな空気に溶けるように、少女は儚げに佇んでいる。名を呼ばれた少年は、胸中に押し寄せる様々な感慨に声を詰まらせてしまい、何も言えずにその貴い幻想を見詰めていた。
少年のその顔を見ていると、少女の脳裏に万の言葉が満ちていく。それがなんだか気恥ずかしく、同時に誇らしくもあった。語り尽くせぬほどの想いがある、それは自分が彼のことを、何よりも大切に思っているという証だろうから。
だけどもう時間がない。複雑怪奇な、因縁と因果が絡んだ二度の聖杯戦争。彼の今後を想えば伝えねばならないはずで。しかし精神を病んでいる彼の耳と心には、何を言っても伝わらない。
だから、少女はたったひとつの言葉に全てを込めた。
『――貴方を、愛しています』
駆け抜けてきた生涯の中で最も愛した少年に、少女はその言葉だけを遺した。
朝陽が昇る。ふと少年が気づくと、少女の姿はもうどこにも見当たらなかった。自分と彼女の間にあった繋がりも綺麗さっぱり消え去ってしまっている。
それはつまり、全てが終わったということ。
土蔵に少女――騎士王アルトリア・ペンドラゴンを召喚してから始まった全てが。
十年前の大火災から始まった悪夢のような日々が。
文字通り、血を吐きながら積み上げてきた魔術と武道の研鑽の日々が。
全て、終わったのだ。
少年――衛宮士郎は、万感の思いを込めて、たった一言だけ呟いた。
「――成し遂げたぜ」
――ある日、気がついたら衛宮士郎になっていた。
こう聞くと余りに馬鹿馬鹿しく、絵空事じみて聞こえるが、事実として俺は、ある時全くの別人に成り代わってしまっていたのである。
ネット小説などのサブカルチャーでよく見られる、憑依だか転生だかの不可思議極まる不思議現象。それを自身が体験することになるとは想像だにせず、当時の俺は動揺するやら錯乱するやらで大忙しだったものだ。
なんで俺がこんな目にとか。俺が憑依したせいで元の衛宮士郎がいなくなってしまった、とか。自身の不幸を嘆くやら本当の衛宮士郎に対して罪悪感を抱くやら、とにもかくにも俺は他の何かに手をつけることが出来ないほど余裕をなくしていた。
しかし、時間とは残酷なもので。
衛宮切嗣に引き取られ穏やかながらも忙しない日々を送る内に、俺はいつしか現実を受け入れてしまっていた。
何はともあれ、泣いても喚いても何が変わるでもなし。ならせいぜい俺は俺らしく生きていくしかあるまい、と一ヶ月近くも経って漸く割り切れたのである。
悶
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