第三章
[8]前話
息を引き取った、その死に様は本朝を悩ませた強者とは思えぬまでに静かでかつ呆気ないものだった。
その死を聞いて朝廷は複雑な気持ちを見せた。
「惜しいとは思うが」
「裏切る恐れもあったからな」
「いい時に死んでくれたか」
「あの者の領地と民は本朝に入ったしな」
「何よりもまた敵にならなかった」
「あの者の力を使いたいと思っていたが」
「いい時に死んでくれたのやもな」
朝廷の高官達はこう言い合った、しかし田村麻呂はというと。
阿弖流為の死を誰よりも悲しんだ、そして彼の供養が終わってから従う者達に対してこう言ったのだった。
「残念なことだ」
「あの方が亡くなったことは」
「病で」
「そうだ、あれだけの強者がだ」
無念の顔での言葉だった。
「病に負けて亡くなるとは」
「そのことがですか」
「非常にですか」
「残念であると」
「そう言われるのですね」
「共に轡を並べて戦いたかった」
その無念の顔で言うのだった。
「是非。しかし」
「それがですな」
「適わなくなった」
「だから今そう言われますか」
「残念だと」
「まことにな。朝廷におられる方々はほっとしている様な残念に思っておられる様な感じであると聞くが」
それでもとだ、田村麻呂は言うのだった。
「わしはただただ残念じゃ、あれだけの者と共に戦えずしかもな」
「しかも?」
「しかもといいますると」
「病には勝てなかった、人は幾ら強くとも病には勝てぬのか」
阿弖流為程の者でも病には勝てなかった、このことにも無念に思った田村麻呂だった。
阿弖流為は史実ではよく坂上田村麻呂と話をしお互いにその人柄と武勇に惚れ込み彼の説得を受けて朝廷に降ったが結局処刑されたとある、だが一説では降って許されながらも病に倒れたとも言う。このことに対して彼の人柄と武勇に惚れ込んだ田村麻呂の気持ちはどういったものか。彼にしかわからないものであるが武に生きた彼はこう思っていたのかも知れない。
勝てぬもの 完
2018・7・12
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