アインクラッド 後編
嗤う三日月、紅の幽光
[1/8]
[8]前話 [1]次 最後 [2]次話
「エミ……」
マサキは一瞬、ここが死後の世界なのかと思った。目尻から大粒の涙を落とし、くしゃくしゃに歪めた頬に乱れた髪の毛を貼り付けた彼女の顔は、普段の見る者を吸い込むような花顔とは遠くかけ離れていた。しかしそのひどい顔には今すぐにでも抱き締めて涙を拭いてやりたくなるような愛おしさがあって、マサキの胸を強く衝いた。その衝撃でまだ心臓が動いていると分かった。
「クソが……余計な真似を……!」
頭上から強い怒りを湛えた低い声が、マサキの頭のスイッチを入れた。この場にいるもう一人が、背後にいるマサキですら感じ取れるほどに明確な殺気をエミに対して発していた。
――不味い。
と思った瞬間、マサキの脳と体が反応し、目の前にあるブーツを掴む。それとジュンがエミを殺すために駆け出そうとしたタイミングが重なり、ジュンはあっけないほど簡単に倒れた。
「……動くなよ。容赦なくその首を斬り飛ばすからな」
「クソ……クソ……ッ、あと少しで殺せたものを……!」
怨嗟の言を口にするジュンの首筋に蒼風を当て、縄で手足を拘束すると、マサキはストレージから紫色の結晶を取り出した。
「回廊結晶……!?」
「ここへ来る途中に、エギルの奴に売りつけられたよ。場合によってはPohが相手になることも有り得た。奴は病原菌みたいな男だからな、曰く、『ここでPohを捕まえられれば、今後オレンジやレッドになる奴を減らせるかもしれん』だと。出口は黒鉄宮だ」
「あっ、ちょっと待って!」
回廊の入り口を開けようとしたところで、エミが待ったをかけた。
「向こうにジョニーブラックを捕まえてあるから。送るなら、あいつも一緒にしないと!」
「っ、おい!」
踵を返して駆けていくエミの背中にマサキは逡巡すると、ジュンをその場に放置して追いかけた。ジュンに逃げられてしまう可能性はあるが、今の状況でバラバラになる方が悪手だ。特に、それがエミならば。仮にジョニーブラックが四肢を喪失した状態で檻に閉じ込められていたとしても、マサキは追いかけただろう。そのくらい、今彼女を一人にするという選択肢はマサキにとって有り得ないものだった。
ジョニーブラックはすぐ近くの部屋で腕と足をロープで縛り上げられ、身動きが取れないでいた。マサキとエミを見るや大声で喚いて威嚇してくる少年を二人がかりで運び、ジュンのところまで戻ったところでまとめて黒鉄宮に投げ込む。その後二つの空間を繋ぐ門が閉じた時、マサキは全身の力が抜けるような安堵を感じた。
バランスを取ることを放棄し背後の壁に倒れこむマサキの体をエミに抱き締められる。マサキの存在を確認するかのように強く締め上げられ、首に鼻筋を擦りつけられる。その度にマサキの鼻の間近で黒髪が舞って、桃のような香が立った。
「ずっと…
[8]前話 [1]次 最後 [2]次話
※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりを挿む
[7]小説案内ページ
[0]目次に戻る
TOPに戻る
暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ
2024 肥前のポチ