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抜擢
第一章

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               抜擢
 坂下祐貴は演劇部では裏方や端役に回ることが多い、だが努力家で何かと気が利くことで部の中では評判がいい。
 そして歌も得意でこちらでも高い評価を受けている。
 ある女子部員がそれで彼にこんなことを言った。
「坂下君ミュージカルにもね」
「出られるかな」
「ええ、それもメインでね」
 こう祐貴自身に言うのだった。
「舞台に出られるわよ」
「そうかな、俺って」
 祐貴は女子部員の言葉に暗い顔で答えた。
「童顔だししかも」
「顔にソバカスがあってっていうのね」
「そんなのだからさ」
「そんなのどうでもなるでしょ」
 女子部員は彼にすぐにこう返した。
「メイクでね」
「そうかな」
「そうよ、というかお芝居上手で」
 それにというのだ。
「歌がいいから」
「ミュージカルだったらなんだ」
「メインでもいけるでしょ」
「そうだといいけれどね」
「自信持っていいと思うわ」
 祐貴にこうも言うのだった。
「本当に歌上手だから」
「ミュージカルだとなんだ」
「メインいけるわよ」
 祐貴にあくまでこう言うのだった、だが祐貴自身はまさかと思っていた。しかしその彼に部長が言った。
「今度でかい作品やるよ」
「でかいですか」
「ああ、ニュルンベルグのマイスタージンガーな」
「それって」
「知ってるよな」
 タイトルを言ったうえでだ、部長は祐貴に問い返した。
「ワーグナーの作品だよ」
「歌劇ですよね」
「上演に四時間半かかるな」
「それで登場人物も多いですよね」
「とんでもない作品だよ、音楽もいいしな」
「それをやられるんですか」
「そう考えている、そしてな」
 部長は部室で祐貴と共にいる、そこで彼に言うのだった。
「御前にメインの役を頼みたいんだ」
「メインですか、俺が」
「ああ、主役の一人の騎士にな」
 その役にというのだ。
「御前をあてたいんだよ」
「そうですか、俺がメインですか」
「ああ、その役は最初から最後までずっと出ていてな」 
 そうしてというのだ。
「歌う場面も多い、見せどころも多い」
「その役をですか」
「御前に任せたい、いいか」
「本当に俺でいいんですか」
 戸惑いを隠せない声でだった、祐貴は部長に問い返した。
「俺がメインの一人で」
「というか御前がいないとな」
 むしろとだ、祐貴に言うのだった。
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