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第三帝国崩壊後のランプ
南米にて
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なった?」
「機密文書なら見つけ出しました。そして――」

 カウフマンは素直に答えるべきか一瞬だけ迷った。あれはヒットラー死亡の報を聞いて何もかも馬鹿らしくなり、どうやったか覚えていない。少なくとも記憶がないので焼却処分していないことだけはたしかだ。だが、いまだに総統にユダヤ人の血が流れているということが学説的に証明されていないということは、たぶん、どこかでゴミ箱にでも捨てたのだろう。

「処分いたしました。それから総統の死の報道を聞き、私は逃亡生活に入りました」
「よし。それで文書のことを知っている人間もすべて消したのか」
「いえ、文書を処分してすぐ総統の死を知って任務を遂行する必要性がなくなりましたので――」

 この答えに、ランプは目の色を変えて身を乗り出した。

「では、ソーヘー・トーゲも始末しておらんのか」
「え、ええ」
「…………そうか。まあ、そのことを責めはすまい。いや、むしろ感謝しよう。そうか、あの男がまだ生きておるのか。そうかそうか」

 ランプの尋常ならぬ反応に、カウフマンは困惑せざるをえなかった。いったいなにが彼の琴線に触れたというのだろう。しかしすぐその原因に思い当たった。機密文書を守る密命を受けた時、峠草平との個人的因縁について聞かされていた。

「そういえばトーゲはあなたの娘を……」
「そうだ。わしの娘を殺しおった男だ!」

 ランプの双眼に毒炎が燃えあがった。かつて「氷の心臓を持つ男」と呼ばれていた頃の覇気と活力が戻ってきたような錯覚さえ、彼は感じていた。

 ドイツ第三帝国崩壊以来、ランプは生きる目的を見失っていた。かつての党のカメラートへの義理からナチス残党の一員として彼らを守るための活動をしていたが、正直なところ、敗残者同士の庇いあいにすぎず、将来がないだろうという感情が拭えず、やりがいをまったく感じていなかった。すべては惰性によるものだった。

 だが、自分の娘を殺した男が生きて日本で暮らしているのかと思うと、どす黒い憎悪の感情がランプを突き動かさんとした。第一次大戦後に出会った女性との間に生まれた愛娘ローザは、ランプにとってかけがえの存在だった。それを辱め殺した日本人がのうのうと生きているなど赦せることではなかった。

「トーゲ、おまえに必ず報いを受けさせてやるぞ……」

 殺意しかない声音に、カウフマンは思わず止めるべきだと思った。

「こんな屋敷を与えられていることから考えますに、あなたはナチス社会の中でもかなり高い地位にいるはずです。それなのに、あなたが自ら日本に赴いて殺人を犯すなんて上にいる人たちが認めるとは思えません。あなたは多くのことを知っているから、ナチス残党からも狙われることになります!」
「だからなんだ? わしの復讐を邪魔しようとするなら
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