暁 〜小説投稿サイト〜
整備員の約束
4. 暮煙
[2/6]

[8]前話 [1] [9] 最後 最初 [2]次話
にも礼儀ありという言葉を、こいつにも教えてやりたい気分だ。

「まるゆにまで言われて形無しだなぁ徳永?」

 木曾の手が俺の髪から離れた。そのまま目の前のおちょこを手に取り、静かにそれを煽る木曾の横顔は、眼帯のせいもあって中々に表情が読みづらい。

 だがいつになく鮮やかに見えるこいつの唇は、いつものようにニッと笑っていた。


 その翌日。俺の作業スペースにまるゆがやってきた。珍しく一人で、周囲を警戒しながらだが。

「おう小僧。どうした?」
「……」
「お前の艤装の調整は済んでるぞ。木曾のやつの調整も今終わるところだ」

 ちょうどその時、俺は木曾の艤装の調整が終わりそうなところだった。これが終われば、次は金剛型のやつらの艤装の調整をしなきゃいかんわけだが……

 眼の前のまるゆは、何やら落ち着きがなく、周囲をキョロキョロと警戒しながら立っている。両手を後ろに回していて、背後に何かを隠しているようにも見えるが……

「……よし。木曾さんはいない」
「ん?」

 意を決したらしいまるゆが、自分の背後に隠していた一枚の紙を、俺の目の前につきつけた。

「? なんだこれ?」
「えっと……徳永さん」
「ん?」
「隊長からの命令ですっ」
「お、おう」

 そんな不穏がセリフとまるゆの妙に鬼気迫る表情に押されつつ、俺はその紙切れを受け取った。

 目を通すと、確かにそれは提督さんから俺に対する命令書だ。正式な書式に乗っ取ったそれは提督さんの署名捺印もあり、正規の命令書であることが見て取れる。

 だが、肝心のその内容は、俺を困惑させた。

「……おい小僧」
「小僧じゃなくてまるゆですってば」
「お前、提督さんに何を言ったんだよ」
「秘密です」

 俺の視界は命令書にフォーカスされているから、まるゆがどんな表情をしているのか、まったく見えなかった。

 その命令書には、『本日、徳永吾郎は散髪し、髭と身だしなみを整えること』『そのため、木曾とまるゆの艤装の調整が終わり次第、鎮守府内美容院“サウダーデ”へと向かうこと』とあった。

「これで徳永さんも、仕事を気にせず髪を切れますね!」
「でも俺、美容院なんか行ったこと無いぞ。男の俺が行っても大丈夫なのか?」
「ぇえー……行ったこと無いんですか徳永さん……」
「いっつも床屋だったからな」


 正規の命令書なんて出されてしまったら、髪を切らない訳にはいかない。仕方なく俺は、木曾の艤装の調整が終わったところで後の仕事を同僚に引き継ぎ、美容院へと向かう。

 はじめて訪れる鎮守府内美容院は、とてもスッキリと落ち着いた店内で、いかにも女受けしそうな内装だ。立ち込める匂いは床屋にとても似ているが、もう少し華やいだ感じがした。

[8]前話 [1] [9] 最後 最初 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ