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ドリトル先生と奇麗な薔薇園
第九幕その六
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「辿り着いたんだね」
「辿り着いたの」
「そうなの」
「うん、神様のところにね」
 そうだというのです。
「僕は」
「成程ね」
「そうだったの」
「神様を疑ってね」
「神様の存在を知った」
「そうなったの」
「そうだったんだ」
 まさにというのです。
「僕はね、けれど社会主義はね」
「その神様も否定して」
「自分達が神学になろうとした」
「そうした考えだったんだ」
「それも検証もなしに」
「昔の神学みたいにね」
 あえてこうも言う先生でした。
「昔の神学は絶対だったけれど」
「本当かどうか検証して」
「そして今に至る」
「それで学問の幹にもなってるのね」
「そうなのにね」
「社会主義、日本では共産守護と変わらないね」
 この国ではそうなっているというのです。
「日本では社会主義やリベラルを自称していてもね」
「その実はだね」
「共産主義なんだ」
「そうなんだ」
「もうそれしかないんだよ」
 社会主義やリベラルと言っていてもというのです。
「そうしたことを言う人達の目的はというと」
「日本を共産主義国家にする」
「そのことが目的なの」
「それでなのね」
「社会主義やリベラルって言っても」
「それはまやかしなの」
「その辺り欧州勿論イギリスとも違うよ」
 先生の祖国ともというのです。
「日本のそうした人達と我が国の労働党は違うんだ」
「ううん、労働党はね」
「所謂労働者や農民といった人達の為の政党だね」
「保守党が伝統的な貴族や資本家や地主さんの政党で」
「大体そう考えていいよね」
「そのはじまりと伝統的な考えはね、まあ実際は遥かに難しいけれど」
 支持基盤やそうしたものはというのです。
「階級も色々変わるしね」
「そうだよね」
「だから保守党とか労働党っていってもね」
「結構色々あるよね」
「流動的なところもあって」
「それでも労働党は共産主義じゃないね」
 このことははっきりと言う先生でした。
「そうだね」
「うん、それは違うね」
「労働党はリベラルだけれどね」
「革命とかはしないよ」
「共産主義ではないよ」
「けれど日本では違うんだ」 
 イギリスでは労働党の様なポジションにいる人達はというのです。
「考えは共産主義しかないんだ」
「社会主義やリベラルを言っていても」
「その実は」
「そうした考えの人達なんだ」
「そう、そして共産主義から一歩も離れないんだ」
 そうなっているというのです。
「絶対視していてね」
「社会主義実は共産主義を」
「そうしていて」
「もうそこから一歩も離れなくて」
「どうしようもなくなっているんだ」
「そうした人達が日本にはまだいるんだ」
 ソ連がなくなって随分経つにというのです。

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