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整備員の約束
3. 人煙
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ちはな。文字通り命をかけてるんだ。分かるか」
「……分かる」
「お前らが調整したこの艤装に、俺達は命を預けてる」
「ああ」
「その艤装を調整するお前らは、いわば俺たちの命を握ってる」
「……」
「お前らが半端な仕事しかしなかったら、俺達は死ぬんだ」
「……」
「それだけはわかってくれ」

 返す言葉もない……こいつらは命をかけて海の怪物と戦っている。そのギリギリの一線……生きるか死ぬかの瀬戸際の部分で、最後にこいつらの生死を分けるのは、艤装の調子だ。

 もし、ギリギリのその瞬間、主機が整備不良で止まったとしたら……魚雷を発射するその一瞬のタイミングで、魚雷を発射することが出来なければ……そして取り逃したバケモノが主砲を発射してきたら……こいつらは意外と簡単に沈むが、その原因を作ったのは俺たち整備班……いわば俺たちが、コイツらを殺したことと同義となる。

「……すまん。すぐ調整する」
「ああ。今度はしっかり頼むぜ。……まるゆはみんなのところに行って、出撃は遅れるって行って来い。あと提督にも報告を頼む」
「分かりました。木曾さんは?」
「俺はこいつの調整が終わるまで待つ」

 木曾から指示を受けたまるゆは、ピシッとかわいい敬礼をしたあと、整備場からトテトテと走って行った。やっぱり陸の上では主機は無いほうが走りやすいらしく、来たときと比べると幾分足が軽やかに見えた。

「さて……今度は頼むぜ徳永」

 残った木曾は俺をジッと見て、そう口ずさみながら、俺のそばの椅子に腰を下ろした。その澄んだ眼差しに、さっきまでの怒りの色はない。

「……任せろ。最高の状態にして返すのが俺の仕事だ」

 そう言って、作業着の袖をまくった俺は、まずはまるゆの主機の調整から取り掛かることにした。道具箱からレンチを一本取り出し、それでボルトを一本ずつ、緩めていった。

………………
…………
……

 調整が済んだ後は、木曾とまるゆはいつものように出撃していった。

「……いいな。いつもより動かしやすい」
「ホントだ。なんか軽い感じがしますね!」

 これは、俺の調整が終わった艤装を装着した時の、二人の反応だ。かなり丁寧に調整をしたから、そらぁ二人からしてみれば動きも軽く、扱いやすい調整になってるだろう。俺からしてみれば、すぐそばにいる木曾に睨まれながらの調整だったから、まさしく蛇に睨まれた蛙のように、恐れおののいた状態での生きた心地がしない仕事だったわけだが……

 ともあれそれで機嫌がよくなった木曾から、「今晩もどうだ?」と誘われ、俺は今、いつもの小料理屋『鳳翔』のカウンター席で、二人を待ちながらビールを飲んでいる。今日のお通しはニラのおひたし。湯通ししたニラに卵の黄身をまぶした、とてもうまい逸品だ。

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