第三章
[8]前話
「それで」
「その裁判の時に子供はいなかったさ」
ジャクソンはカップに極めて冷静な声で答えた。
「一人もな」
「そうか、じゃあこの話は嘘か」
「そうさ、マスコミの作り話さ」
「あんたの話が本当になったってこと以外はか」
自分の思うところを隠してだ、カップはジャクソンに言った。
「そうじゃなかった話がな」
「どうだろうな」
「俺はそう思ってるんだがな」
「俺は実は、か」
「そのうち気が向いたら何処かで言ったらどうだ、本当のことをな」
鋭い目のままだ、カップはジャクソンを見つつ告げた。
「そうしたらどうだ」
「その話を俺にするか」
「俺は喧嘩っ早くて人種差別主義者で態度も悪い」
自分のことはわかっている、カップはその自分をあえて語った。
「その俺の言葉だ、誰も聞かないだろうがな」
「それでもか」
「俺は御前が最高のバッターだったと覚えているからな」
だからだというのだ。
「そう言っておく、じゃあな」
「考えておくな」
これがジャクソンの返事だった、そしてだった。
カップは店を後にした、そうしてずっと店の近くでカップが出るのを待っていた職員に悪びれずに言った。
「一杯飲んできた」
「それだけか?」
「少し話をしただけだ」
こう職員に言った。
「それだけさ」
「そうなんだな」
「俺は帰るからな」
今度はぶっきりらぼうな声だった。
「これで」
「そうか、じゃあまた明日な」
「グラウンドに出るさ」
こう言ったのだった。
「それでヒットを打つな」
「そうしてくれよ、あんたはやっぱりな」
「ヒットを打ってか」
「ああ、そして走る」
盗塁もするというのだ、カップは俊足でそちらでも定評があるのだ。
「そうしてやる、あいつに負けない位にな」
「そうするのかい」
「ああ、あいつを見ながらな」
彼が先程まで見ていたその店の方を見て言うのだった、そうしてタイ=カップはその場を去った。職員もその彼を見届けて去った。
タイ=カップがブラックソックス事件で球界を永久追放になったジミー=ジャクソンの店にふらりと入り彼と話したこと、そして彼がそのジャクソンを自身の野球の参考にしていたことはメジャーの球史にも残っている。この二つは事実だがジャクソンが本当に冤罪だったのかそしてカップが彼を冤罪だと考えていたかどうかはわからない。しかし先の二つは紛れもない事実である。今も尚最高の技術と最悪の人格を併せ持っていたと言われているカップだがこうした逸話もある。嫌われ通しだった彼にとっては珍しい逸話と言うべきであろうか。
来客 完
2017・12・20
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