★その隻眼に映るものは(クラリッサ)(裏)【夜の部】
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夜もふけ、部下達に指示した仕事を確認し帰らせると、クラリッサはそっと眼帯に手を当てた。
ただ、それだけで彼女の精神は年若い隊員や敬愛する隊長に見せる愉快なモノから、眉ひとつ動かさず引き金を引くことの出来る冷徹なものへ切り替わっていく。
別に先程までの『自分』が偽りである、という訳ではない。
『ある男』を参考に、軍務に従事する時の自分と、それ以外の時の自分という、二つのパターンを切り替えることで、過剰なストレスを体に与えない、一種の防御機構を自らの心につけているだけである。
ちなみに、こういったストレス軽減法は形は違えど各国軍人によく見られるものである。
よく、『銃を握ったら性格が豹変する』というフィクションがあるが、実際にある物品や仕草等をトリガーとして、精神構造を切り替える人間は存在する。
通信室での秘匿回線を使ったやりとりや、表沙汰に出来ない、所謂『存在しない』仕事を処理して、もう暗くなった廊下を歩く。
そして、与えられた一室のドアを解錠し、馴れた手つきで回した。
明日は休みだ。簡単に夕食でも作るか。
そう考えたクラリッサの脳裏に、声が届く。
「よう、邪魔してるぜ」
その言葉に一瞬、身構えるも、声の持ち主を判別し、直ぐに、緊張状態を脱した。
「…………仕事帰りの女に夜這いとは感心せんな」
「夕食作ってただけだ、気にすんな」
昼間の対応とは異なり、怜悧な口調で言い放つクラリッサに、気にすることなく太郎は返す。
太郎はそう言って、先程まで読んでいたであろう、栞のついた本をキッチン近くのテーブルに置き、湯気のたった鍋のつまみを、目の前で弱火から切った。
そして、なんでもない風にクラリッサの食事を準備する。
食事は熱々のポトフに、スライスしたパンというシンプルなもの。
だが、一口食べただけで、彼女は相変わらずの彼の拘りに苦笑を浮かべる。
「ウインナーやパンは手作りか。よくやるもんだな、太郎?」
「ふふ、あの店に通いつめ、数ヵ月、やっとものにしたぜ!」
軽く皮肉を織り混ぜた筈の言葉は、そう口にする太郎の、屈託のない笑みで霧散した。
無意識に手を眼帯に当て、心を戻す。
そうでなければ、氷漬けにした筈の『軍人』である自分の心まで、溶かされてしまいそうだったから。
当たり前のように目の前で同じ食事を用意し、食べ始める太郎は、ビールを二人分注ぎながら、クラリッサに問いかける。
「忙しそうだから飯用意してやったんだが、大変そうだな」
その問いにため息をつきながら、クラリッサは返した。
「その通りだが深くは聞くな。もう私の中ではオフなんだよ」
その言葉に頷き一つ返して、次は戸棚からアイスペールとウイスキーを出す
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