ターン90 鉄砲水と小さな挽歌
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姿があった。鎧田たちが何十人単位で食い止めてくれているのにまだ分身する余力があるとは、つくづくとんでもない奴だ。それとも、それだけ向こうも必死なのか。
この2人の実力は折り紙つきだが、それでもたった2人でミスターTを相手するなんて危険過ぎると言わざるを得ない。でも、この目になった葵ちゃんがてこでも自分の意見を曲げたりしないことも僕はよく知っている。議論するだけ時間の無駄だし、これ以上夢想を待たせるわけにもいかないだろう。そのまま2人に背を向けたところで、葵ちゃんがポツリと呟いた。
「……それと、これも先ほど言いましたが。先輩、ご武運を」
「そっちもね」
それで、今度こそ最後だった。後ろから聞こえはじめた戦闘音がやがて遠ざかるにつれ、次第に聞こえなくなっていく。一時の静寂に包まれながら、あの時と同じだと振り返る。入学式の夜、僕が夢想と初めて出会った日。あの時も彼女は、こうやって夜道を歩いていた僕に向こうから声をかけてきたんだ。あの時は、まだこの学園生活がどんな波乱に満ちたものになるのかなんてことを知る由もなくって。
でも、おかげでこの3年間はまるで退屈しなかった。たくさんの仲間がいて、数多くのライバルがいて、果てしない敵がいて……。
「でもそれよりも何よりもここには君が、夢想がずっといたんだよ。月が綺麗ですね……なんて、そんな天気でもないけどさ」
月明かりは分厚い雲のはるか上に押しのけられ、地表には街灯1つ点いていない暗いでこぼこ道。それでもそんな暗闇の中で、彼女の横顔は何よりも輝いて見えた。
何を見るでもなくぼんやりと視線を宙に彷徨わせていた彼女が、僕が声をかけたことでようやく気が付いたようにこちらを向く。形のいい眉に、すっきりとした鼻。ふっくらとした瑞々しい唇に、彼女のトレードマークともいえる肩まで伸びた明るい青髪。綺麗だ、と思う。月並みで陳腐な言葉ではあるけれど、この3年間で彼女と顔を合わせる度に、ずっと感じてきたことだ。この思いが揺らいだことは、1度もない。
「死んでもいいわ……なんて返せたらいいのだけれど。あいにく私の生は、もうとっくに終わっていたの」
ふっと皮肉気に、だけどそれ以上に寂しげな笑みを浮かべて返す夢想。その様子にほんのかすかな違和感を抱き、すぐその正体に思い当たる。彼女の特徴でもあり、その身を縛り付けていたダークネスの呪いでもある伝聞調の語尾。それが、きれいさっぱり消えていたのだ。探るような視線の意味に気づいたのか、彼女が今度は屈託のない笑みを浮かべる。
「ああ、これ?稲石さん……つまり、あれもある意味では私だけど。あの人だって記憶さえ取り戻せば、ダークネスの力を取り込んでスターヴ・ヴェノムをグリーディー・ヴェノムという真の姿に変化させることができた。なら、私がいつまでもダー
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