出会い
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女は10尺(約2メートル)近くある長い黒髪とこの日のために仕立てた十二単の裾を、落ち着かない様子でずるずると畳の上に滑らせていた。
ふと、慌てて文机の引き出しから尾長鳥と楓の文様が精巧に彫り込まれた鏡を取り出し、のぞき込む。いろいろな角度から確認するが、完璧な丸みを持った眉、白粉をたっぷりぬって白くなった肌、紅をさした紅い唇。唇を横に引き、歯を見ると、一片の白を見せない真っ黒な歯。どこからどう見ても完璧である。
なぜこんなことをしているのかというと、今日は最近文を送ってくる男がこの家に訪ねてくるのだ。
だが、それだというのに、その行動とは裏腹に、女の表情はすぐれなかった。この間、この家の敷居を跨いだ一人の男の顔が浮かんできて、女は思わずため息を吐く。
貴族のほうでもわりあい上のほうに位置する階級の男だったから、その男を家に招き入れることになったのだが、その男を見た瞬間、女は幻滅した。まるで蛙のようにひしゃげた顔に、女と同じくらいの背。とても20を過ぎていないようには見えない(平安時代では、男性は15歳が成人とされているが、諸説ある)。
しかし、一応約束であるし、貴族の一員である故、下手な真似はできない。だが、そう思っていたのもつかの間、彼女が次にしたのは嘆息だった。いや、まだ見た目はこれでも、中身がよければまだ許すことはできたのだ。しかし、中身までこうも悲惨だとは救いようがない。芸術的才能や、性格の良さなども皆無である。
すでに十代後半になっても、正妻や妾の一人もいないというのにもうなずけてしまう。あれでは一生結婚などできやしないだろう。
結局、夕餉の前には退出を願った。…というと聞こえはいいが、本当のところは追い出したという言葉に限りなく近い。
女は、それが人生初めて男性を家に招いた経験であり、それ故に、かなり強烈に彼女の心に悪い記憶として植え付けられたのである。
だが、男がこの家を出る時には、女の記憶からそんなことはすべて抹消されていた。
ほとんどの女に好まれるはっきりとした顔立ちではなく、どちらかというとのっぺりとした顔だが、消して悪いとは言えないぐらいだ。そして、何より一番女をひきつけてやまなかったものは、男の切れ長で、澄んだ漆黒の瞳だった。その瞳には、その顔立ちに似合わぬ意志の強さと柔和、そしてわずかに狼のような飢えも見え隠れする。まるで七色の光を放つようなその瞳を、女は一瞬で気に入った。
外見だけではない。最初のうちこそ緊張からか、微笑みあうばかりであったが、次第にお互い
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