8部分:第二話 神殿その五
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の目標は陽気ぐらしといいます。簡単に申し上げますとお互いが互いの良いところを伸ばし合って足りないところは補い合う。そうして助け合って一緒に生きることです。親神様は人がそうして生きるのを見て共に楽しもうと考えられて私達人間を御創りになられたんです。ですから天理教の教えの中でも最も重要なものの一つなんです。
「だって新一君・・・・・・いえ阿波野君いつも私を困らせてばかりで」
「困らせてま〜〜〜〜す」
全然反省していません。こんな子なんです。
「先輩に何かと」
「ほら、本人もこう言っていますし」
「ははは、それでいいんだよ」
梶本さんはそれを聞いても笑います。
「助け合いだからね」
「はあ」
助け合いも大切な教えですけれど。何かこの場合言われてもいい気持はしないです。
「そうですか」
「まあ中に入って」
中に入るように言われます。
「疲れたろ。休みなさい」
「わかりました」
「先輩、お茶」
「甘えるんじゃないのっ」
また八重歯が出ました。
「それ位自分で入れなさい」
「だって先輩が入れてくれたお茶が一番美味しいから」
「そんなの変わらないわよ」
むっとして口を閉じました。本当に。
「とにかく中に入るわよ」
「はいはい」
「じゃあわしも一休みするかな」
梶本さんも手を止めて腰を伸ばしながら言いました。
「一服してと。じゃあ千里ちゃん」
「はい」
「お茶ね。阿波野君の分も」
「えっ!?」
また顔を顰めてしまいました。
「入れてあげて。いいよね」
「どうも根岸さん」
横から新一君が笑顔で言います。子供達の相手をしながら。
「御馳走になります」
「じゃあ御願いね」
「わかりました」
「いやあ、先輩の入れてくれたお茶が飲めるんだ」
『彼は』すっごく楽しそうです。
「よかったよかった」
「全く」
また溜息が出ます。
「どうしていつもこうなるのよ」
「これもいんねんってやつかな」
天理教の教えでいんねんと心つかいにより出来上がっていくものです。前世や親からのつもり積もったものが現われることを言います。いいいんねんを白いんねん、悪いものを悪いんねんと言います。種蒔きに例えますと良い種と悪い種があってそれを撒くことでそれがいんねんというものになるんです。
「やっぱり」
「困ったいんねんよ」
新一君から目を離してまた溜息です。
「何でよりによってこんなに手のかかる子が」
「俺って子供だったんだ」
「背は高いけれどね」
それは認めます。私がちっちゃいせいもありますけれど。
「全く」
「じゃあ子供だから何かお菓子頂戴」
「またそうやって事務所にたかって。信者さんから頂いたものなのに」
「まあまあ」
「まあまあじゃないの。一人でどれだけ食べるのよ」
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