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その一言で
第一章
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                その一言で
 その日は朝起きると雲一つない晴れだった、だが興津若菜はその奥二重の目でその窓の外の晴れ渡った空を見て夫の幸平に言った。
「今日傘を持って行って」
「えっ、傘!?」
 夫の幸平は背広を着ながら妻に返した、きっとした目でしっかりとした眉は斜め上になっている。精悍な顔立ちで癖のある髪の毛を鬣の様にしている。背は一八一あり一五八の若菜とはかなり開いている。若菜はもう長い黒髪を後ろで束ねていてズボンとセーターの上にエプロンも着けている。薄い眉で和風の穏やかな顔立ちであり胸が大きく出ている。
 その妻にだ、幸平はネクタイをダブルネックで締めながら言った。
「こんなに晴れているのに」
「それがね」
「何かあるのかな」
「天気予報じゃ夜はね」
 今度はスマホで天気予報を見ての言葉だ。
「雨だっていうから」
「だからなんだ」
「そう、傘持って行って」
「そこまで言うのなら」
「折り畳みでもいいから」
「わかったよ、じゃあ鞄の中に入れていくよ」
 幸平は妻の言葉に頷いてだ、鞄に折り畳みの傘を入れてそれから朝御飯を食べて顔を洗って歯も磨いてから出勤した。
 若菜はそれから朝御飯の片付け等の家事をしてパートに出た、パート先は近所のコンビニだがそこでもだ。
 アルバイトに来ている大学生の娘にはだ、こう言った。
「もうそろそろね」
「唐揚げですね」
「出しておきましょう」
 店にというのだ。
「そうしましょう」
「わかりました、ただ」
「ただ?」
「興津さんっていつもですよね」
「いつもって?」
「流れ見て言われますね」
「そうね、先に先にってね」
 そうしてとだ、若菜も答える。
「家でもコンビニでもね」
「見て考えていってですか」
「言ってるわね」
「そうなんですね」
「主人にもそうしてるし」
 今朝に幸平に言った言葉も思い出していた。
「何か言わずにいられないのよ」
「主婦ですね、そこは」
「事前に言わないとね」
「何かあってからじゃですか」
「遅いし今もね」
「唐揚げもですね」
「そろそろ出来るから」
 店のカウンターの後ろの唐揚げを焼いている様子を見ればそうだった、もうそろそろ出来るという感じだ。実際に。
「後は出してね」
「そうしてですね」
「お客さんが来たら」
 まさにその時はというのだ。
「出しましょう」
「わかりました、そろそろお昼で」
「お客さんも増えるでしょ」
 昼食を買いにだ。
「そうしたらね」
「唐揚げも売れますしね」
「もうお弁当は並べたし」
 コンビニ弁当だ。
「他の食べるものもね」
「全部並べましたしね」
「後は唐揚げだし」
「それも用意しておけば」
「万全だから」
 それでというのだ。
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