原文
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の女は、(男が河内へ行くのを)嫌だと思っている様子もなくて、(男を)送り出していたので、)
男、異こと心ごころありてかかるにやあらむと思ひ疑ひて、
(男は、(妻も)浮気心があってこのよう(な様子)であるのではないだろうかと思い疑って、)
前栽の中に隠れゐて、河内へ往いぬる顔にて見れば、
(庭の植え込みの中に隠れていて、河内へ行ったふりをして見ていると、)
この女、いとよう化粧じて、うちながめて、
(この女は、たいそう美しく化粧をして、(物思いに沈んで)外を眺めて、)
風吹けば 沖おきつ白しら波なみ たつた山 夜半よはにや君が ひとり越ゆらむ
(風が吹くと沖の白波が立つという、その龍田山を、夜中にあなたはたった一人で越えているのだろうか。)
とよみけるを聞きて、かぎりなくかなしと思ひて、河内へも行かずなりにけり。
(と詠んだのを聞いて、(男は)この上なくいとおしいと思って、河内(の女の所)へも行かなくなってしまった。)
まれまれかの高安に来きてみれば、
(ごくまれに、例の高安(の女の所)に来て見ると、)
初めこそ心にくくもつくりけれ、
(初めの頃は奥ゆかしくとりつくろっていたが、)
今はうちとけて、手づからいひがひ取りて、笥子けこのうつはものに盛りけるを見て、心こころ憂うがりて行かずなりにけり。
(今はすっかり気を許して、自らの手でしゃもじを取って食器に盛っていたのを見て、嫌気がして行かなくなってしまった。)
※いひがひ(飯匙)=しゃもじ。 ※笥子=飯を盛る食器
※この頃、このような雑用はすべて侍女にやらせていたため、自分から家事をやるのは下品とされていた。
さりければ、かの女、大和やまとの方を見やりて、
(そうなったので、その女は大和の国の方を見て、)
君があたり 見つつを居らむ 生い駒こま山 雲な隠しそ 雨は降るとも
(あなたのいらっしゃる辺りを眺めながら暮らしましょう。あの生駒山を、雲よ隠さないでおくれ。たとえ雨が降っていようとも。)
と言ひて見いだすに、からうじて、大和人「来こむ。」と言へり。
(と言って外を眺めていると、やっとのことで、大和の男は「(あなたの所へ)行こう」と言った。)
喜びて待つに、たびたび過ぎぬ
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