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俺の見る悪夢
俺の見る悪夢
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。まるで腐った生魚か、日にちの経過した卵が放つような猛烈でめまいを引き起こす臭気が、俺の鼻を襲ったのだ。素手で胃をつかまれたような激甚な恐怖を感じた。首のわずかな肉だけで、顔が繋がっているその女性から、猛烈な死の匂いが漂ってきた。
 当然この世に生きている人ではないと、理性がささやく。
 いつの間にか、髪を足元まで伸ばし、奇怪なシワだらけの老女に変身しており、顔の肉は、腐って爛れており、全身の殆どがミイラ化している。無数のハエが群がって、老女の腐乱した肉の中まで入って、卵を産みつけているのだろう。一瞬のうちに、ウジ虫が老女の体を見えなくし、老女の形をした無数のウジ虫どもが、俺に向かって迫ってくる。
 瞬く間に、俺の心は恐怖に凍って、今にも吐きそうになったが、そんな暇すらない。と言うのも、次々と、地獄の亡者が向かってくるからだ。学校の理科室にある、赤い筋肉をあらわにした人体標本のパレードさながらだ。
 この部屋は、悪霊どもや妖怪の通り道に違いない! いわゆる、霊道だ! と、恐怖で全身震えながら確信した。
 今度は、下半身が千切れ、クネクネと動いている大腸と小腸を、引きずった上半身だけの男が、まるで飛んで来るかのように素早く、俺に向かってやってきた。男の口には、焦げ茶色に変色した血が、ベットリとまとわりついている。
 その男は、喉の奥から絞り出すような、家を振動させる大声を出して、ペコペコ頭を下げて懇願して来るのだ。
「頼む。頼む。頼む。頼む。頼む。頼む。頼む。頼む。……後生だから、お前の脳味噌をこのわしにくれ! わしを助けてくれ! 痛いだろうが、ほんの一瞬の辛抱だよ。何も怖がることはない! イーイヒヒヒ、ケケケケ、イーイヒヒヒ、ケケケケ、イーイヒヒヒ、ケケケケ……」
 今まで何度も悪夢の中で怨霊に遭遇している俺でさえも、こんなにもおぞましい怨霊は初めてだったので、体全体がブル、ブル、ブル、ブル……と震え、思わず後ずさりしてしまった。 
 悪夢から覚めた俺は、一階のキッチンにある蛇口に直接口をつけ、ガブガブと音を立てて生ぬるい水をいつまでも飲み続けた。

 二十九歳で独身の今の俺に、悪夢の魔の手が及んだのだ。
 否、これは単なる悪夢なのだろうか、それとも現実の世界で起きている厳然たる事実なのだろうか、俺にはとても明確に峻別できない。
 神戸市灘区にある実家から自転車で灘駅に行って、JR神戸線で大阪駅に着き、地下鉄御堂筋線に乗り換え、梅田から三つ目の駅の新大阪にある七年務めた会社に向かう時の事だ。
 朝七時半頃の地下鉄は、正にラッシュそのもので立錐の余地さえない車内で、つり革を確保するだけで精一杯だが、この日の車内はガラガラに空いているので、不審に思いつつも、俺は、初めてベルベットを張っている長椅子に座った。

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