暁 〜小説投稿サイト〜
竜宮城に行けた男
竜宮城に行けた男
[9/27]

[1] [9] 最後 最初
裸で踊っていた。キリマンジャロ山のエン・カイ神を信じている勇敢で気位の高いマサイ族の収穫の踊りを真似た、激しくて大袈裟な上下運動を繰り返していたのだった。

 自分で言うのも少し照れくさいが、几帳面な性格の私は直属の上司である営業部長に、最近はやっているメールで済ますことはしないで、墨字で書いた辞表を提出したのだ。すると,あっけにとられた表情を一瞬見せて、辞職する理由を執拗に尋ねられたのだった。
「なぜ、優秀な課長が唐突にそのような心情に至ったのですか?」
「不本意なのですが、諸般の事情で止む無く親戚の会社を手伝うことになったからです!」
 そんな心苦しい嘘をつかざるをえなかった。
 その後、後任者と業務を円滑に引き継ぐことが目的で、約一月間は会社に通った。幾度となく営業部長始め専務、常務、社長に至るまで温情溢れる遺留の言葉をかけられたのだった。気の毒だと思って良心はうずいた。しかしながら、長年大事に培ってきた私の夢を、諦めさせるには至らなかったのである。

「一時的にせよ、いよいよこの時代ともお別れだなあぁー!」
 そう小さくつぶやいた時、幼い頃から今日に至るまでの楽しいできごとばかりが、走馬灯のように脳裏を駆け巡った。薄汚れたグレイのカーペットに、涙で小さな池を作ってしまった。その涙の池を見れば見るほど涙線に異常をきたしたのだろうか、止めどなく涙が溢れ出して池は更に大きくなった。その涙は、寂しさと嬉しさの入り混じった複雑な産物ではあった。
 まだ弱々しい初春の朝日が小さな涙の池を照らすまで、同じ姿勢でいる自分に気付くほども長い時間、この時代に別れを惜しんでいたのだった。
 時空連続帯を突破して過去に遡行≪そこう≫する実験は、何度も何度も試行錯誤を繰り返しながらおこなってきた。だが、本格的に時間遡行するのは、この時が初めてであった。今、不安と期待に溢れる世界に踏み出そうとしている私の毛孔という毛孔から、冷や汗が吹きだした。その汗が、あたかも、輝く初春の太陽を閉じ込めた水晶玉のように見えたのだ。
 虹色にきらめく時空の渦の中を私の顕在意識が、過去に向かいタイムトラベルを始めたのだ。私はまだ到着していない桃源郷に、既にいるような充実感と高揚感とに包まれていた。
 時間遡行の際に充分気をつけなければならないことは、地球が恒星である太陽の周りを楕円形に公転している事実だ。その速度は約三十キロメートル/秒である。また、太陽が銀河系の中心の周りを回る公転速度は約二百二十キロメートル/秒だ。それらの速度を、あらかじめ計算していなければ宇宙空間に放り出されることになり、即、死に結びつくのである。
 しかし、ハッブル宇宙望遠鏡等の人工衛星から得られている観測結果から判断すると、百三十七億年前に始まったビッグ・バン時から、今なお加速膨張し続けている
[1] [9] 最後 最初


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ