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竜宮城に行けた男
竜宮城に行けた男
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々と水中散歩を楽しんでいた。毎日決まった時間に、錦鯉に餌を与えるのが大家さんご夫妻にとっては何ものにも替え難い楽しみであったのだろう。私も広い庭を散歩しながら、錦鯉の泳ぐ風情にいやされた一人であった。近所の方々も素晴らしい庭園を満喫されていたのだ。
 当然ながら私は近くの銭湯に通っていた。だが、改造のために四日間休みだった。だから、仕方なく少し遠い銭湯に行くことにした。ツッカケを靴箱に入れてガラガラと「男湯」と暖簾≪のれん≫が掛かった引き戸を開けると、まるで透き通った鈴を鳴らすような声を聞いて、私の心臓は一気に活動の頂点に達したのだ。
「おいでやす―」
 番台には、黒髪が美しく輝き前髪を眉の上で綺麗に揃えその下には大きな魅力ある瞳があり、鼻筋も通っていて、スレンダーな体つきだが胸もそれなりに膨らんでいる二十歳代に思える美人が座っていたのだ。まだまだウブだった私は今にも心臓が口から飛びだすほど、ドギマギしながら、衣服を脱いで富士山が壁面に大きく描かれた浴槽に入った。だが、胸の高鳴りは一向に収まらなかった。風呂から上がりバスタオルで体を拭いて服を着ようとしたが、恥ずかしさでいつまでも心臓がドキ、ドキと音をたてていた。帰る時も鈴を鳴らすような澄んだ声で、
「またおいでやすー」
 と言われたがその銭湯には恥ずかしくて、それ以来一度も行けなかった。昼間の四時半頃なのに、高齢者だけではなく三十〜四十歳代の男性も多かった。それほど男性を惹きつける魅力を、彼女は生れながらにして身に付けていたのだろう。

 年老いた大家さんご夫妻には何かと親切にしていただいたので、社会人になってから盆暮れには柔らかそうな品物を欠かさずお贈りしていた。しかし、ご夫妻は相次いで亡くなられ、東京に転勤している息子さんが喪主を務められた。ご夫妻のご葬儀には万障繰り合わせて出席させていただいた。また、私のできる精一杯のご香典をお渡し、心からのご冥福をお祈りした。
 下宿していた民家のすぐ南には京都御所があった。近くには加茂川と高野川が合流した鴨川があり夏の夜になると、光源に集まるウンカの如く、どこから集まってくるのかペアーで溢れていた。昼間でも気候の良い季節だと、多くの男女が体を寄せ合っているのだ。
 昼間、恋人がいない私は土手で寝そべって、真っ青な空を背景にして緩慢に流れて行く綿飴≪わたあめ≫のような雲と一体化した。ぼんやりと文学書の活字を追って優雅な時間も過ごした。
 だけど、ほとんどの日は、食品スーパーで日用品課のアルバイトに明け暮れていたのだ。そればかりではなく、週五日は食品スーパーでの仕事を終えた夕方から、K大志望の高校生がいる二軒のお宅で家庭教師をしていた。更に、春、夏、冬の大学が休みである期間中は、重労働だが日当が良い引っ越し作業に精を出したのだった。
 そのような
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