竜宮城に行けた男
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」を立ち読みしたのだ。大学に入るとすぐに「存在と無」を買って読んだ。その内容はかなり難解であったが、非常に感動した。私はサルトルが説いた実存哲学に影響を与えた、ニーチエ、フッサールを始め幾多の著者の書物を貪り読んだ。
さて、嘔吐に苦しみもやわらいだので、玉手箱を子細に検分した。今まで気付かなかったが、鏡の持ち手の部分に小さいキーボードがある。その真ん中には「パスワード?」の表示がでているので、まるでミニノートパソコンのようである。そこで心当たりの名詞、浦島太郎、女王、パラレルワールド、反物質、ビッグ・バン、竜宮城……などの文字を、ひらがな、全角カタカナ、半角英数、言葉の並び替え……など、いろいろと試みたが全て拒否された。ダメもとだと思いつつも、ヨシズミ オガワ、と私の氏名を入力した。すると、画面に使用許諾の欄が現れたのでイエスをクリックした。何かのアプリケーションのダウンロード、インストールが始まったのだ。画面には、まるで血のような深紅の帯が四本、往来しだした。数分後には、鏡面が液晶パネルに変わり映像の乱れとかすかな雑音が聴こえた。しばらくして、明瞭な映像と音声が流れだした。
私は,めまいと脳震盪≪のうしんとう≫を起こしそうになるほどのショックを受けて、全身が打ち震えて嗚咽≪おえつ≫しそうになった。
信じられない、いや、信じたくない事実を知ってしまったのだ。
お世辞にも美人とは言えない二十歳〜二十五歳の女性が、無造作にタオルに包みロープで動かぬように縛り上げた垢にまみれの二歳ぐらいの幼児を、まるで品物のように小脇に抱えている。
彼女は私が良く見慣れた門をくぐり、先に穴が開いた埃まみれの長靴を脱いだ。大根も逃げだすような太くて素足の毛深い足のままで、狭い六畳ほどの部屋に案内もなく中に入ったのだ。
私を引き取った施設長に、彼女はボサボサの頭で軽く会釈をすると、以前から打ち合わせをしていたらしく親しそうに小声で二言、三言話をすると、すぐにだらしなく座った。垢で薄汚れた幼児を裸にして差し出すと、施設長は全く似合わない黒い小形ポーチ――パリ・コレでオートクチュールを手掛け、マイアミでゲイに射殺されたジャンニ・ヴェルサーチのデザイン――のチャックを開けた。そして、素早く幼児の口から何やら薄いオレンジ色の物体(?)を取りだし、ヴェルサーチマークをチラつかせながら、大事そうにしまい込んだ。
私の母らしき女性が、四度も繰り返し死神に念を押すかのように独り言をつぶやいた。
「この子の魂と引き換えに、私の人生は薔薇色に輝くのね!」
ここで、映像と音は消えたばかりかミニノートパソコンも跡形すらなく雲散霧消してしまい、私を慌てさせた。もっと続きを見たかったからである。しばらくの間、胸の動悸は治まらなかったが、沈着冷静な自分を取り戻して考えると、もしも
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