第四章
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「全くな。しかしな」
「しかし?」
「しかしというと」
「少しでも楽にさせてやるか」
医師は彼と岡っ引きにこんなことを話して持っている箱からあるものを取り出した。それは一体何かというと。
「これでな」
「?その薬は一体」
「何じゃ?」
「芥子だ」
それだというのだ。
「芥子の薬だ。痛め止めになる」
「それを使ってか」
「少しでもか」
「楽にしてやりたい」
死ぬにしてもせめてだというのだ。これは医師の情だった。 女は身体のあちこちが焼けそこから肉さえ見えている。髪も焦げ散り顔もだ。実に痛々しい姿だ。
その彼女を見てだ。医師は言ったのである。
「それでいいか」
「うむ。せめてな」
「そうしてやってくれ」
二人もこう彼に言う。そしてだった。
医師は女に薬を飲ませようとする。だがここで。
仰向けにされた女はその黒焦げになり口だけがかろうじてわかる、目も鼻もよくわからなくなった顔でこう言ったのだった。
「・・・・・・ちゃん」
「!?」
彼がまず反応した。
「今何と」
「ちゃん・・・・・・」
「ちゃん、まさか」
ここで彼は直感で感じた。その言葉は。
「この娘は」
「今ちゃんと言ったな」
岡っ引きもその言葉を聞いていた。それで彼と医師に対して言ったのだった。
「しかもこの訛りはじゃ」
「うむ、みちのくじゃな」
「それがあるぞ」
吉原の独特な訛りの中にそれがあった。二人もそれを聞いて頷く。
「ちゃん、つまり」
「父ちゃんか」
「この娘はまさか」
岡っ引きは真剣な顔で二人に尋ねた。
「あの先生の」
「そうやもな。まさか」
「この娘が」
二人もそう考えたところでだ。ここでだ。
一人の太鼓持ち、服のあちこちが焼けて煤だらけになっている彼がやって来て三人に対して言ってきた。
「あんさん達どうしたでやんすか?」
「いや、この娘だが」
彼が太鼓持ち、この状況でも何とかその口調と仕草を守っている彼に応えた。
「今ちゃんと」
「ああ、その女でやんすか」
「ええ、うちの店の女でやんした」
そうだったというのだ。
「花魁でしたがね」
「花魁だったのか」
あの独特の服に白粉のだ。あの女達だったというのだ。
「ただ。暗くて人気はなかったでやんした」
「人気はなかったのか」
「暗くていつも泣きそうな感じで」
その女のことを話すのだった。
「で、いつもちゃんって言うばかりで」
「ちゃんか」
「何かね。店の旦那の話だと」
この火傷で死のうとしている女を引き取った者の話だった。
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