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って、来れなかった。
クラスのイタズラ好きな人たちが仕掛けた黒板消しが入ってこようとした少年の頭上へと落下してきたからだ。
詳しく言うなら、そのあとに足元に張られた縄につまずき、逆さまに落ちてきた水入りのバケツを頭からかぶり、吸盤の付いた矢をくらい、転がって教壇にぶつかるという喜劇が起こったからだったが。
だがクラスでも身体能力が高かった一人の女子と幾人かの事情を知る人物たち、そして彼女は黒板消しが彼にあたる直前にわずかに浮いたのを見逃さなかった。
(あいつ、こんな真昼間から魔法使いやがった……、まだまだ修行不足もいいところじゃねえか、なんでそんなガキがこんなところに?)
と思ったのち、そういえば一つ伝達事項があったのを思い出した。
いやまさか、と嫌な汗が流れる彼女をよそに少年が自己紹介を始める。
少年曰く「三学期の間英語を教える新任の教師」らしい。
「まじかなんですか?」
と彼女のそばにいたしずな先生に問いかけるも。
「ええ、まじなんです」
と返ってくる始末。
頭を抱え、机にうずくまる。
(外国じゃあ飛び級とかよく聞くが、それでもここは日本だぞ、労働基準法とかどうなってんだ……)
いや、と彼女はすぐに体を起こし、仕方ないので授業の準備を始める。
(なにイラついてんだ私、もとから可笑しいのがこの学園だったろうが)
異様に多い留学生に始まり、普通に教室にいる幽霊や魔族や吸血鬼といった人外。挙句の果てには忍者やロボットだっている。
それに比べればまだ人間をやめてすらいない十歳の魔法使いなんてまだまだかわいいものだ。そう思いなおすことにした。
(……だが、あれはどういうこった?)
それでもなお、気になることが一つ。
彼女の右後方に座る少女からの少年へ向ける視線だった。
彼女が知るエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルという少女は、吸血鬼ということを除けば自身よりはクラスに馴染んでいる少女、というのが彼女の認識だった。
吸血鬼の姿と年齢が一致しないことは彼女の経験からすでに知っており、今現在のエヴァンジェリンが何歳なのか彼女は知らないが、それでもこんな人前で待ちに待った獲物が目の前に現れたような視線を向けるようなことは今までなかったはずだ。
(あのガキとマクダウェルに何があったか知らねえが、こっちに飛び火しないでくれよ)
そう願いつつ、彼女は今まさに始まろうとしている英語の授業へと集中し始める。
彼女の、長谷川千雨の日常はまだ崩れるようなことはない。
すくなくとも、まだ、ではあるが。
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