夜虎、翔ける! 4
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人の面影は残っている。そこから先の真蛇の領域にまで進んでしまえば人の面影も薄れ完全な化け物になってしまう。
安珍を追って川をわたった清姫はなお逃げ続ける安珍を憎い恋しいと思うあまり、恋の呵責に砕かれてついに鬼から蛇の道へ、一匹の竜へと変化した。
おびえた安珍は寺に駆け込み、鐘の中に身を隠したが、竜は鐘を巻き込んで火炎を吐き、中の安珍を焼き殺してしまった。
人が鬼にも蛇にもなる。それもなにかの呪いではなく、おのれ自身の情念によって。その結末は悲惨にしかならない。
人はひとたび堕ちればどこまでも際限なく堕ちてゆく。狂々、狂々と――。
「……おれは一方的にいじめられた経験なんてないけど、人をいじめて平気な顔してる連中はたしかにムカつくよな。ぶっとばしてやりてぇよ」
(夜虎君……)
「つーかさ、元不良とか元ヤクザとかが更生してまっとうに人生歩んでます、て話を社会や学校はやたらと美談にしたがるけど、納得いかないよな。あたりまえのことやっててもてはやされるとかアホかよ。ずっと真面目にやってた人間のほうが偉いっての。不良が普通のことをやると美談になるなんてクソ喰らえだぜ」
(ふふふっ、そうよね)
「だから、平坂。おまえを『そっち』側にはゆかせない。そうなる前におれはおまえを止める。おまえは殺さない、おまえの中の悪を殺す」
(やっぱり邪魔をするの!?)
「ああ、そうさ――。おまえの邪気、祓ってやる」
全身に霊気をみなぎらせ、呪を唱える。
「ひと、ふた、み、よ、いつ、む、なな、や、ここの、とお――」
雅楽にも似た神妙な抑揚の呪文がくわんくわんと木霊する。
「――ふるべ、ゆらゆらと、ふるべ」
ふわりと鴉羽織の漆黒の裾が上がると、そこから無数の赤い光が蛍のように舞った。
その数、十。
(なによ、こんなの――ッ!)
平坂の怒号はしかし、しじまの中にかき消えた。無音。周囲のあらゆる音が遠ざかり、ただ春虎の呪だけが響く。
平坂の視界がせばまり、感覚が薄れ、意識が遠のく。心臓が鼓動を早めたような気がしたが、その感覚すらすぐにあやふやになる。
まどろみにも似た安息。瘴気が消え、あらゆる現実感が遠ざかり、くわんくわんと木霊する呪文と霊気が平坂を優しくつつみ、慰撫する。
赤い光が宙をおどり、たゆたう。
十の赤光――非時香菓が。
御霊振の呪法。
布瑠の言と呼ばれる呪文で、本来ならば十種の神宝と呼ばれる物部氏の始祖神ニギハヤヒノミコトが伝えたとされる神器とともに使用される呪文。
この十種の宝は謎につつまれた神器であり、古事記や日本書紀といった記紀には記載がない。聖徳太子と蘇我馬子が記したとされる『先代旧事本紀』や『令義解』
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