夜虎、翔ける! 2
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諸岡師尾は不機嫌だった。
もっともこの真森学園に赴任してきて以来、上機嫌だったためしがないのだが、その日は特に不機嫌だった。
諸岡は少し前まで市の教育委員会につとめていたが、とあるいじめ事件にかんして不適切な発言をしたため職場にいられなくなり、定年を目前にしてこの学園に倫理の教師として働くことになったのだが、リベラルな校風にまったくなじめず鬱屈としていた。
「最近、残酷な犯罪が多いのは若者がアニメやゲームにかぶれているからだ」「いまの若い連中は荒れている」「ゲームばかりしているとゲーム脳になるぞ」というのが口癖の老人で、『日本の青少年を明るく健全に育成する会』という不健全な集団に属して、よく不健全な活動をしている。
今朝も教員朝礼で学校図書館の蔵書を検査して学生の教育に有害な本を追放・処分しようと提案し、すでに作成していたブラックリストからいく人かの作家や作品の名をあげて反社会的であるとか反体制的であるとうったえていたのだが、そこに早乙女が口をはさんだ。
「なら夏目漱石や志賀直哉も禁書にしたらどう」
「な、なにを言うのかね君、夏目漱石は日本人の誇りともいえる大文豪だし、志賀直哉は小説の神様だよ。それを禁書にするだなんてとんでもない!」
「でも夏目漱石は作品や日記の中で政府を手厳しく批判しているわ。明治天皇が病気になって国民に自粛を押しつけられたときに『お上が庶民の暮らしに口出しするな』という旨の言葉をのべている。それにときの総理大臣、西園寺公望が幸田露伴、島崎藤村、国木田独歩、泉鏡花、森鴎外ら錚々たる文士をあつめてサロン会をひらいたときに『時鳥厠半ばに出かねたり』という、『トイレの途中だから行けない』なんて意味の句を書いて招待をことわっているし、文部省が文学博士号を授与しようとしたときも、そんなものはいらないと拒絶しているわ。どう、国家にさからう反体制的な人物だと思わない」
「ぐぬぬ……」
「志賀直哉なんて敗戦後に『日本語のような非論理的言語を使っていたから戦争に負けた。フランス語を公用語にしろ』なんて主張をしているわ。どう、日本語の敵だと思わない」
「ぐ、ぐぬぬ……」
この志賀直哉という人物にかぎらず、当時のほかの知識人たちのなかには『日本人は白米などという消化の悪いものを食べていたから戦争に負けたのだ。パンを主食にせよ』などという正気の沙汰とも思えない発言をする者がいたという。
一級の知識人でさえこれである。それだけ日本国民にとって敗戦の衝撃は大きなものだったのだろう。
「それと諸岡先生はさっき『今の若いやつらは暴力的なゲームやエロアニメを見てるから問題をおこす』て言ってたけど」
「あ、ああ。そうだとも、それがなにか?」
「それは統計によって否定されているわ。あなたが若者だった一九六〇年代後半、エロアニ
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