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逆さの砂時計
Side Story
少女怪盗と仮面の神父 48
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 アルフィンと距離を置いたハウィスに、暗闇が再び襲い掛かった。
 と言っても、行動不能になるほどの重い病気を患ったとか、意識を失ってベッドに逆戻りしたとかではない。音が聴こえなくなったり、物が見えなくなったりした訳でもない。
 家事も仕事も散策も会話も常人と変わらない程度にできていたし、日常生活に大きな支障を来す事は何も無かった。
 ただ、「感じなかった」のだ。
 視界は常に白黒で、耳に入る音は右から左へ素通りしていくだけ。重い物を持ち運ぶ時に掛かる体への負担も、火傷した時の熱さや痛みも、口に含んだ飲食物の匂いや味や食感も、喜びも怒りも悲しみも嬉しさも悔しさも、何一つ残らない。
 まるで、自分じゃない誰かの体験を薄い膜の反対側からぼんやり眺めているかのような、身にならない空しい月日の経過。
 それ自体にも、何も感じなかった。
 「……七年前、再度視察に来たエルーラン殿下がね。私の顔を見るなり、開口一番「お前、不気味。」なんて言ったのよ。上辺だけの笑顔を指摘するにしても、女性に対して失礼な言い草でしょう? でも、当時の私は「そうですか」とさえ思わなかった。本当に何も感じてなかったの。殿下が村に着いた次の日、あの浜辺で、貴女と出逢うまでは」
 第二王子の私宅を預かる身であっても、ハウィスの扱いは一般民だった。職務が絡む王子達と騎士団員の話が聞こえる範囲内に居る訳にもいかず、報告会議が終わるまではと、家を出て村の内外をふらついていた時
 
 「おとうさん…… おかあさん……」

 声が聞こえた。
 アルフィンのものとは違う、小さな女の子の声。
 小虫の羽音よりずっと頼りなく、風の音にも吹き飛ばされそうな……なのに、何故かハッキリと聞き取れた、か細い声。
 村の人達は先程まで午後の雨に備えて各々の職場付近を慌しく動き回っていたが、今は殆どが帰宅して窓や扉を閉め切っている。勿論子供達も、荒天時の海辺は危険だからと真っ先に連れ戻されていた。
 こっそり遊びに出ていて帰りが遅れたのか? しかし、少しの間耳を(そばだ)ててみても、両親を呼んでいたらしい声に応える大人の気配は無く。
 どうして女の子が一人で屋外に居るのか、久しぶりに疑問が湧いた。
 声が聞こえてきたほうへ何の気無しに足先を向け、波打ち際で水平線をじっと見つめるボロボロな背中を見付けて……
 氷が、ひび割れた。
 纏まりなく伸びて千切れた髪。枯れ折れた植物や泥等で満遍無く汚され、袖や裾が見るも無惨に引き裂かれているワンピース。外気に晒された異常な細さの両手足は、折れていないのが不思議なほど傷だらけで。菜園方面から続く不自然な形の足跡は、靴底が役に立ってない事を証明していた。
 どう見ても一般家庭の子供ではない後ろ姿に、心を壊された幼いマーシャルの、首を切って倒れたウェ
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