第一話 窓拭きの少年
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終わりの糧を摂取していると、事務室のノックの音を耳にする。
「失礼す……しま、す」
雪音クリス――文字通り雪のように美しい銀髪を携えた女子生徒がどこか居心地悪そうに入室してきた。敬語が使い慣れていない典型的なこの生徒に掛ける言葉は決まっている。
「お前、相変わらず他人様への礼儀をすっとぼけた奴だよな。今、失礼“するぜ”って言いかけただろ」
「う、うるせぇ! 喧嘩なら高く買ってやるぞ!」
「生憎と俺の売る喧嘩は非売品だ。市場を知らない素人が買えるもんじゃあない。で、何の用だ雪音」
「あんたに用はない。あるのはもう一人のおっさんだ。先公に使いを頼まれちまってな」
「ああ、小林さんか。どうした? 俺で良ければ聞くが」
思っていたより素直に雪音は要件を話してくれた。先生にA4のコピー用紙を三冊ほど持ってくるように仰せつかったようなので、鳳はすんなりと置いてある場所に案内する。
「ほらよ」
「ありがてぇ。じゃあな」
「あ、おい雪音」
「ん? 何だ?」
「お前、相変わらず部活はやらないのか?」
部活――その単語を聞いた瞬間、クリスはあからさまに形の良い眉毛を吊り上げた。
「アタシが部活……? おいおい冗談はやめてくれよ。アタシがそんなもんに入れる訳――」
「あるだろうが。お前はここの生徒だ。何かに打ち込む権利がお前にはあるんだよ」
そこでクリスは二の次が出なくなってしまった。よもやここまではっきりと肯定されるとは思ってもいなかった。何せ、自分はそのような言葉を受けるような身分ではなかったから。言葉を出せば、表情に出せば、この鳳という男に見透かされてしまいそうで。
故に、クリスは苦し紛れに舌打ちだけを一つし、事務室を後にすることにした。
「くっせぇんだよ、あんた……ほんと。あいつみたいな事言いやがって」
「あいつ? 誰だよそれ……って、ああ行っちまいやがった……。何なんだよ素直じゃない奴だな」
鳳はクリスのあのような態度が本当の雪音クリスとは微塵も思っていなかった。あれはそう、例えるならば――。
「距離感測り過ぎだろうが。あの歳であんなんじゃ禿げるぞ」
ポケットの中の携帯端末が鳴動した。あらかじめセットしておいたアラームである。
即座に鳳は帰り支度を開始し――否、ノルマをこなし、事務室に戻った時点でもう帰り支度は終えていた。丁度、たばこ休憩から戻ってきた同僚兼上司である小林さんに手短に上がる旨伝え、鳳はリディアンを飛び出した。脇目もふらずの全力疾走である。
今日はずっと鳳が楽しみにしていた日だった。これを逃したらショックの余り、腹を切るというのもなまじ冗談ではないほど、この日を待ち焦がれていたのだ。
――振り返ればここが鳳郷介にとっての分岐点であった
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