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或る皇国将校の回想録
第四部五将家の戦争
第六十四話 万の便りと二筋の煙
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自分達はまだ恵まれている方だと考えていた。
「えぇ良いところでした。家業が馬車宿の棟梁でしてね、自分はその次男坊であります」
兄弟共に十五の歳を迎える前に馬車使いを仕込まれ、兄は二十過ぎには駒州と皇都を行来する御者達の一員として駒州の大店からの仕事を任されるようになっていた。
自分も兄と同じく荷馬車の扱いにも長けていたので十五を迎えた時には一通り駒州の街を見て回っていた。
「あぁなるほど、伍長勤務だったのか」
 丸枝が知る限りでも次男坊が天領やらで一旗揚げる前に軍で箔をつけるものも多い。見たところ自分よりも若いくらいだ。
「はい、中尉殿。いつの間にやらこうなっておりましたが」
 鳥倉も大した志を持って入営したわけではない。志願ならば兵科の志望も通りやすいから、軍という世界で何かを手に入れられるのではないか、その程度の考えだった。

馬堂家領聯隊付きの輜重隊で“世知”を学ぶ他は危険もなく、強いて言えば虎城の匪賊討伐作戦時に虎あちこちの鄙びた村落を回るだけだった。相応に手馴れていたお陰か上等兵の頭に伍長勤務がついて除隊後も箔がつくと喜んだ矢先に立て続けに『〈帝国〉軍侵攻開始』『“若殿”が北領で消息不明』『若殿様、俘虜交換によって帰還』と鳥倉の人生計画は一変させる知らせが立て続けに将校下士官の合間に広がった。
何やらえらい事になっているぞと伍長任官の書状を手渡された時に気づいたがいつの間にやら“若様”の率いる物騒な聯隊に配属されて最前線まで馬車を率いて回る役目をやらされていた。こんなの絶対おかしいよ



「――第十四聯隊長殿が入室されます!」

 副官らしい大尉を連れた二十代半ばの中佐が入室する。馬堂豊久中佐だ。

「れ、聯隊長殿!いえ、六芒郭防衛隊臨時郵便集積所の丸枝中尉です」
 声を裏替えしながらも丸枝が礼をする

「ごくろう、中尉――ウチの伍長は役立っているかい?」

「はい、連隊長殿。ご厚情ありがとうございます!」
 緊張して背筋を伸ばしている中尉へ中佐が笑いかける。
「それは良かった。では米山」
 後ろに控えていた輜重将校らしい副官が前に出て丸枝にうなずいて見せる。
「米山が本部で郵便の管理をする。鳥倉伍長、作業の手配は済んだか?」

「は!」 「よろしい、ではあとは任せた、伍長は来い」
 
 廊下に出ると見知った同じ聯隊の下士官兵達が警備についているほかは誰もいない。
「伍長。今日、新城少佐には会ったか?」

「はい。聯隊長殿!毎日、郵便集積の指示にいらっしゃいますので」

「毎日?そうか――」
 まばらに髭が伸びている顎をさすりながら彼の若様は思案しつつ言った。
「伍長、しばらくはこのまま要塞兵站部の様子を眺めておけ。後で原隊上官に報告するように」




皇紀五
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