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焚書
第一章

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                 焚書
 織部三樹三郎は若い頃よく秦の始皇帝の話を様々な教師達から聞かされていた、彼の学生時代は大正デモクラシーの頃だった。
「これからは民主主義だ」
「日本も民主主義国家になるべきだ」
 多くの西洋の思想に詳しい教師そして教授達が言っていた、それと共にだ。殆ど常にその始皇帝の名前が出た。
「焚書、あれは過ちだった」
「史記にも書いてあったがな」
「己の考えと違えど書を焼くなぞ暴挙だ」
「始皇帝が暴君である所以だ」
「民主主義に反する」
 こう口々に言っていた、その話を聞いてだ。
 彼もその通りだと思っていた、特に彼が通っていた大学の教授である大田恆存は強く言っていた。彼に会ったのは昭和の最初の頃まさに二・二六事件の直前だ。
 世にマルクス主義が陰から広まっていて特高警察も警戒していた、しかし大田は西洋史の権威かつ教育者としてそちらの思想の影響も受けていたが彼は特にフランス革命以降の民主主義について語っていた。
「自由、平等、博愛」
「その三つこそがですね」
「仏蘭西革命の理念であり民主主義の根幹だ」
 面長で額の広い、小さな目を持つ顔での言葉だ。大柄でしっかりとした体格で四角い顔に太い眉と大きな目を持つ織部にもこう返した。
「この三つがあっての西欧の民主主義であり」
「日本もですね」
「民主主義であり続けるべきだ」
「自分とは異なる意見も」
「認めないといけない、そして」
 そのうえでというのだ。大田もまたこう言うのだった。
「焚書なぞということはだ」
「行ってはならないですね」
「我々の様な人間は特にだ」
 大田は学者として力説した、白く皺の多い顔には知性が強く感じられる。学者に相応しい顔立ちと言えた。
「焚書なぞということはだ」
「行ってはならないですね」
「如何なる書であろうともだよ」
「では近頃特高が」 
 織部は話す相手が相手なので声を無意識のうちに小さくさせて大田に言った。大学の大田
の研究室、書に囲まれたその中での話であっても。
「何かと言論に五月蝿いですが」
「社会主義や共産主義に」
「どうも」
「あれはそんなに悪い思想ではない」
 大田はこの思想については胸を張って言い切った。
「労働者や農民が強い社会こそがだ」
「民主主義ですか」
「そうだ、だからだ」
 それ故にというのだ。
「悪い思想ではない、特高は過敏になっている」
「社会主義や共産主義の本も」
「出せばいいのだ、そして燃やすなぞな」
 特高警察はそこまではしていないが出版を禁じていて検閲を厳しくさせていることをこう例えたのである。
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