第一章
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苦渋
工藤央大尉にある命令が下った。その命令はというと。
「動物園の動物達をですか」
「そうだ。もう我が国には食うものも少ない」
乗艦である志賀縦道中佐は難しい顔になって述べる。
「まずはそれだ」
「確かに。今や国会議事堂でも庭が畑になっていますね」
「粥は箸を入れて一旦立てばいい位だ」
中佐は粥の話もした。
「しかも中に薩摩芋なり何なり入れてだ」
「食いつないでいますね」
「そんな状況だ。外地も内地も食うものすらない」
中佐は己の席で苦々しい顔で工藤に話していく。
「そうした状況で動物園の動物にまで食いものを回せるか」
「そういうことですか」
「皆食わずに。そのうえで頑張っているんだ」
それは軍とて同じだ。その食糧事情はかなり悪化していた。
「学徒も動員した。誰もが食わずに命を賭けている」
「御国の為に」
「仕方ないことだ」
中佐の苦々しい顔での言葉は続く。
「いいな。それではだ」
「動物園に命じてですjか」
「動物達を殺処分してもらおう」
「わかりました。ですが」
「わかっている。せめてな」
中佐にも意地があった。工藤に顔を向けて声だけは毅然としてだ。そのうえでこう彼に対して言ったのだった。
「苦しまないようにしてやろう」
「毒で。それも苦しまないで死ねる毒で」
「旅立ってもらおう。それでだ」
「それでとは?」
「貴官は命令を伝えるだけだ。わしからの命令をな」
「しかし中佐は」
「責任はわしにある。君は命令を伝えただけだ」
中佐はこう工藤に言ったのだった。沈痛な面持ちの彼に対して。
「そういうことだ。いいな」
「左様ですか」
「では伝えてくれ。わしの命令をな」
「わかりました」
工藤は陸軍の肘を張った敬礼で応えた。そうしてだった。
従兵を連れて動物園に赴き園長や動物園の職員達に対して中佐の命令を伝えた。その命令、達を聞いた園長も職員達も呆然として言った。
「しかしそれは」
「もう決まったことですので」
「どうしようもないのですか」
「はい、すぐにです」
工藤もだった。顔を上げて彼等に伝えるのだった。
「既に毒は用意してありますので」
「それを飲ませてですか」
「そのうえで」
「お願いします」
園長の、戸惑い狼狽するその顔を見据えての返事だった。
「その様に」
「あの、ですが」
園長は戸惑ったその狼狽した顔で言う。他の職員達もだ。
口々にだ。工藤を囲んで言うのだった。
「動物達は凶暴ではありません」
「空襲で外に出ても何もできません」
「皆大人しくいい子達です」
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