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千本桜
第一章

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           千本桜
 千本桜、言葉はいいけれど実際にあるものか。
 僕は春になってすぐにこう思って食事に行った帰りに課長に聞いた。
「千本桜なんて実際にありますか?」
「あるよ」  
 課長は僕に笑ってすぐに答えてくれた。
「それはね」
「あります?」
「そう、あるんだよ」
 ダンディな雰囲気でしかもオーデコロンの香りを漂わせて僕に言う言葉はというと。
「これがね」
「そうなんですか」
「ないと思うかい?」
「はい、千本にもなりますと」 
 その桜の木がだ。
「流石にって思います」
「そうだね、しかしね」
「それでもですか」
「ある場所にはあるんだよ、これが」 
 そうだというのだ。
「今度会社でお花見があるがね」
「そこで、ですか」
「見るさ」
 その千本桜をというのだ。
「君もね」
「そうですか」
「そういえば君はこっちに来て短いな」
「去年の夏に転属じてきました」
 大阪の方にだ、神戸の本社から急にそうなった。何か大阪で事業を拡大するからだというのだ。
「丁度」
「だからこっちのお花見は知らないな」
「神戸もお花見しますけれどね」 
 本社の方もだ。
「まあそれでもです」
「千本まではだね」
「なかったですね」 
 お花見をするその場所もだ。
「ちょっと」
「そうだね、しかしね」
「こっちのお花見ではですか」
「そうした場所でするなよ」
 そうだというのだ。
「だから楽しみにしておくんだ」
「そうですか」
「その時に満開の千本桜を観るといい」
「じゃあそうさせてもらいます」
 楽しみに待たせてもらうとだ、僕は課長に答えた。
「是非」
「それではね」
 こうしてだった、僕はお花見に行くことになった。その千本桜のお花見をだ。だがそれでもだった。 
 家に帰った時にだ、妻にこのことを話すとこう言われた。家は神戸のままだ。神戸から大阪は普通に行けるので単身赴任とかは最初から考えていなかった。
「千本ってつまりね」
「つまり?」
「沢山ってことじゃないの?」
 僕に晩御飯を一緒に食べながら言ってきた。
「つまりは」
「まあ千とかいう言葉はね」
 僕も向かい側の席に座る妻に答えた。
「そうした意味もあるよね」
「そうでしょ、だからね」
「千本本当にあるのか」
「ないんじゃないの?」
 これが妻の返事だった。
「大体神戸でも姫路城とかお花多いでしょ」
「確かにね」
「あそこは日本一のお城で」
 そしてというのだ。
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