番外編:殺人鬼の昔話2 下
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とは言え、真剣勝負の経験の無い柳韻にとって、初めて感じた殺気であった。
がばりと跳ね起きると同時に、眼前のアラベスク模様に深々とアイスピックが突き刺さった。その柄を握るは、先程まで酒を酌み交わしていた息子同然の愛弟子だった。
「貴方を殺してお暇致します」
その声は、初めて聞く声色のように思えた。
柳韻は、呆然と殺気の残滓を孕んだアイスピックと、自らへの殺気を微笑む儘に撒き散らすラシャを交互に見つめていた。下半身を尚揺るがす痛みは、客間の壁と机に身体が挟まれてしまっているのが原因だった。机の縁に無作法に乗せられたラシャの片足がそれをさせたのだ。
「な、何故?」
口をついて出てきた疑問は、ラシャの突き出された掌によって静止された。
「始めに言わせて頂きますが、貴方を殺すということは私の私怨であり、どうしようもない我儘です。見下げ果てた願望だと言っても良い」
そこで、ラシャの表情は初めて憤怒の形相を見せた。
「だが、貴方が『あれ』と呼ぶ怪物によって、俺の未来は塗りつぶされました。何れ引導を渡すつもりですが、その前に怪物を産み、放置した諸悪の権化には報いを受けて貰わなければならないと思いましてね」
編田羅赦は冗談を言う男ではない。だからこそ、柳韻に相対しているその姿は悪鬼羅刹そのもので、その眼に爛々と輝く憎悪の炎が、今まさに柳韻を焼き殺さんと灼熱の手を伸ばしていた。
突き立てた凶器には目も呉れず、ラシャは懐からナイフを抜き放った。柳韻はその一瞬の隙きを衝いて、机を蹴り返した。バランスを崩したラシャは、畳を転がるも、達磨のように直ぐ跳ね起きた。とても先程まで酒を呑んでいたとは思えない動きに、柳韻は舌を巻いた。
「侮ってた。意外と動けたんだな、先生」
「抜かせ!」
ラシャの嘲笑に歯を剥く柳韻は、床の間に飾られていた太刀を手に取る。同時に、体の奥底から形容し難い歓喜に似た高揚感が、恐怖や緊張を塗りつぶすかのように湧いてくることに気がついた。かつて息子同然に鍛えたこの男に真剣を向けることが出来る事に、暗い喜びの様なものを感じたのだ。
勢いに任せて柳韻は太刀の鞘を払い、ぴたりと正眼に構えた。堂々とした篠ノ之流剣術の構えだ。刀そのものも、江戸時代前期の無銘刀とは言えそれなりの業物だ。信頼できる得物を手に、ラシャと向き合う柳韻。
「最後の警告だ、大人しく縄に付け」
そこには理不尽に憔悴する父親の姿も、痛飲により悪酔いした老人の姿も無く、篠ノ之流を背負った一剣士の姿がそこにあった。
如何なる理由があったのかは知らないが、かつての愛弟子はこの数年で悪い意味で様変わりしてしまったと見て間違い無い。ならば、自らにしてやれることは唯一つ。先人として、大人として、
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