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SAO−銀ノ月−
記憶
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て前線で戦えるプレイヤーたち――とりわけ、親友たるアスナへの嫉妬か。はたまた、それら全てを内包した自分へか。

 そんな留まることを知らない怨嗟の声は、店の扉が開かれることで終わりを告げた。フラフラと動いていた身体もピタリと止まり、リズベットが何かを期待するように店の方を見上げていた。

『ただいまー……リズ?』

『ぁ……!』

 その声が聞こえてきた瞬間、リズベットの顔が晴れていく。それでもギリギリの部分でリズベットが自らを『死神』でないと言えたのは、リズベットの傑作を腰に帯びて戦っている彼が、いつもここに帰って来てくれたからだ。ハンデを背負いながら戦う彼に不安を見せないように、涙と涙の痕を執拗に消していき、とびきりの笑顔を鏡の前に見せておく。この店を始めた時も似たような笑顔の練習はしていたが、その時とはまるで違う、自然な笑顔だった。

『リズ?』

『おかえり!』

 さっきまで泣いていた姿が嘘だったかのように、リズベットは工房から彼が帰ってきた店先へと、飛び出すように駆けだした。そんな様子を里香は照れくさげに見つめていて、第三者から見たら、あんな飼い主が迎えに来たペットみたいなのかしら――と自嘲し、当時のことを思い返した。

 彼が無事に帰って来てくれれば、自分はプレイヤーを死地に送る死神ではなく、攻略組を助ける鍛冶屋のままでいられた。彼の不器用な笑顔には、今日も帰ってきてくれてありがとうと、とびっきりのスマイルで返して。

 絶対に泣いているところなんて見せないように、それ以上に、命の心配をしているなんて思わせないように……帰って来るのが当然なのだから。こんな様子では、彼のことを見栄っ張りだと笑えな――

 ――彼って、誰?

「え……」

 里香がそこまで自覚した瞬間、今まで目をつぶっていても思い返せた《リズベット武具店》の工房が、ノイズが走って見えなくなってきていた。徐々に徐々に世界はノイズが増して狂っていき、ブラックホールに飲み込まれるようにただただ消えていく。

「ちょ……ちょっと!」

 いつも鍛冶作業をしている机も、お客様に頼まれて作り出した武具の数々も、BGMとして気に入っていた水車が動作する音も、お気に入りのハンマーが置いてある場所も、改心の出来だと自作したヤットコも、鍛冶屋仲間とともに撮った写真も、アスナと一緒にクリアしたクエストの報酬も、彼をコーヒー党にしてやろうと気合いを入れて買った高い豆も、彼とともにカタナを作った時の思い出の端材も、工房にあったありとあらゆる思い出が破壊されていく。

「ショ――キ!」

 思い出せない誰かに助けを求めながら、消えていく工房から階段を登って店先にたどり着いた。店先も同様の状態となっており、改心の出来だとショーケースに並べた武具も
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