第十五話:草食動物と殺人鬼
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かりたくもありませんが、私は同情も憐れみもしません」
無作法にもそう告げるラシャの瞳は何処までも冷たく。むしろこの未曾有の大禍を引き起こしたことに誇らしさを抱いているような雰囲気さえ漂わせていた。
「……そうですか。ともかく、今週の頭に一年生の副担任の教諭一名の付き添いとして臨海学校の下見に同行していただきます。大したことはないでしょうが万が一を考慮しての判断です。いいですね?」
「……そのことに関しては承りました」
なおも強引とも取れる勢いに根負けする形でラシャは下見の付き添いを了承し、部屋から退出した。
「……やはり彼は危険すぎますね。まるで抜身が器用に服を着ているかの様です。このまま飼い殺しにするのは不可能ですかねえ……惜しい、実に惜しい」
口調は凪の空のごとく穏やかなれど、轡木学園長の額には一筋の冷や汗が光っていた。
そんなわけで、彼はこうして不本意ながら電車に揺られていた。
愚想に意識を取られていたラシャは、ふと自らに寄せられる嫉妬を含んだ視線を感じた。老若様々の視線は総て男性のそれである。ラシャは不審に思って周囲を見渡すと、道連れである山田教諭が自らの肩に寄り添って寝息を立てていたのだ。同時に、異性同性関わらずそれらを魅了して止まぬ母性的な双丘が、ラシャの腕に押し付けられて淫らに歪んでいた。
彼女の心音が一定のリズムで胸を通して、ラシャの腕をあやすように刺激する。同時に、真耶の寝相によって益々ラシャの腕に胸が押し付けられる。同時に周囲の男衆の視線に含まれる嫉妬の色が色濃くなると同時に、邪な思いが頭蓋より決壊し、前かがみになる者が現れ始めた。
この状況には流石のラシャも困惑した。商売の都合上不特定多数の人間の印象に残るような事態は可能な限り避けたかった。幾人かの愚か者が話題作りの為か携帯電話のカメラで撮影しようとする様を眼顔で威圧する形で阻止しつつ、真耶の身体を引き剥がすべく彼女の肩に手をかけた。
「山田先生、先生!!そろそろ目的地ですから起きて下さい!」
ラシャはそう呼びかけながら揺すって起こそうとするも、真耶は更に深いまどろみに落ちていくのか、更に強くラシャの腕にしがみつく羽目になった。
「オイオイオイオイオイオイ頼みますよ全く!!」
前かがみになっている野郎どもから鼻血と血涙の水たまりが出来かけた瞬間、ラシャは眼前の扉が開くや否や、大急ぎで真耶を抱えて電車から転げ出る様に脱出した。
ラシャは小さな溜息をつくと、そのまま真耶を抱えたまま改札口を出て、駅の前に止まっていたタクシーを捕まえた。落ち着いた雰囲気を纏った胡麻塩頭の運転手が、山田先生をしがみつかせたままのラシャに数瞬怪しむような視線を向けたが、見た目通りの穏やかさで行き先を訊いた。
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