巻ノ八十二 川の仕掛けその九
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「是非な」
「あ奴ならな」
「間違いなくか」
「応えてくれるわ」
小西は石田に笑って言った。
「だからな」
「このことはか」
「安心せよ」
これが小西の石田への言葉だった。
「あ奴についてはな」
「そうか」
「それでじゃが」
小西は石田にあらためて問うた。
「御主先程喉が渇いたと言っていたな」
「うむ」
「では少し周りに頼んでみてはどうじゃ」
こう石田に言うのだった。
「最後の頼みとしては」
「敵であってもか」
「武士でもな、どうじゃ」
「そうじゃな、それではな」
石田も頷いてだ、実際にだった。刑場に向かって歩くその中で彼を監視している武士達にこう言ったのだった。
「喉が渇いた、何かあるか」
「水か何か」
「うむ、何かあるか」
「柿がありますが」
旗本と思われる者が石田にその柿を出して言ってきた。
「如何でしょうか」
「柿か」
「左様です」
「遠慮する、御主が食べよ」
石田はその武士に微笑んで言った。
「それは美味いが身体を冷やし痰によくないからな」
「だからですか」
「今は遠慮する」
「今といいますが」
その武士は石田の言葉に怪訝な顔になり返した、少し苦笑いにもなって。
「貴殿はもう」
「磔にされるというのじゃな」
「そうなりますが」
「それはわかっておる、しかしな」
「しかし?」
「わしは捕らえられる前に腹を壊した」
このことから言うのだった。
「餓えて野の草を無理して食ってな」
「そうだったのですか」
「それで反省した、如何なる時もな」
餓えていても磔にされる時もというのだ。
「己の身は大事にすべきじゃ」
「左様ですか」
「そのこと、そうじゃな」
少し考えてだ、石田はあらためて言った。
「源次郎殿にお話してくれるか」
「真田殿に」
「そうじゃ、あの御仁にな」
こう言うのだった。
「そうしてくれるか」
「それが最後のお願いですか」
「喉のことはよい」
「いえ、そちらは柿がお嫌でしたら」
それならというのだった。
「水を持って来ます」
「そうしてくれるか」
「磔にかけられるまでまだ時がありますので」
「済まぬのう」
「最後まで礼は忘れるな」
武士は石田にこうも言った。
「殿のお言葉ですから」
「内府殿のか」
「左様です」
「流石は内府殿じゃな」
石田は家康のその心を知り微笑みもした。
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