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亡命編 銀河英雄伝説〜新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)
第二話 監視役
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宇宙暦 792年 5月 20日 同盟軍総旗艦へクトル シドニー・シトレ
トントンとドアをノックする音が聞こえると続けて声がした。
「ヤン・ウェンリーです。入ります」
「うむ」
ドアを開けてヤン中佐が入ってきた。中肉中背、何処といって目立つところの無い青年だ。普段は穏やかな表情をしているのだが今は多少の不機嫌さが見える。
「未だ怒っているのかね、ヤン中佐」
「……」
やれやれ、返事は無しか。
「ヴァレンシュタイン中尉は困っている。貴官を怒らせたのではないかとね。彼は亡命者(おきゃくさん)なのだ、困らせてはいかんな」
「……別に彼に対して怒っているわけではありません」
ようやく口を開いたか……。
「では何に対して怒っているのかね?」
「……」
また無言か、よほど怒っている、或いは鬱屈しているらしい。珍しい事だ。
第五次イゼルローン要塞攻略戦は失敗に終わった。本来なら艦の雰囲気は暗いものであってもおかしくは無い。しかし、一人の亡命者の存在がその暗さを吹き飛ばしている。
撤退中の艦隊に対して亡命を希望してきた連絡艇があった。連絡艇に乗っていたのはエーリッヒ・ヴァレンシュタイン中尉、一瞬女性かと思わせるほど華奢で顔立ちの整った若い士官だった。彼は一体本当に亡命者なのか、それとも亡命者を装ったスパイなのか? 総旗艦ヘクトルの中はその話題で持ちきりだ。
彼の話を聞けば聞くほど分からなくなった。彼の話すこと、一つ一つが有り得ないことなのだが、理由を聞けば確かに正しいように見える。情報部でもお手上げのようだ。
なにより気になったのは妙に落ち着いている事だ。普通亡命者なら自分が受け入れられるか心配になるはずだが彼にはそんな様子が無い。ごく自然体で振舞っている。こちらの質問にも隠し事をするような気配は無い。彼が唯一感情を見せたのは両親の事だけだ。
貴族に殺されたのは、相続に関して何らかの不正行為に手を染めたからではないのか? 取調官がそう言ったとき、ヴァレンシュタイン中尉は目の前の取調官に対して飛び掛っていた。周囲が中尉を取り押さえなければ乱闘になっていただろう。取り押さえられた中尉は身を捩り涙を流して怒りを示していた。“馬鹿にするな、お前達に一体何が分かる!”
演技か、それとも真実か、それ自体がまた問題になった。こちらの同情を引こうとしているのではないか……。疑えばきりが無い。分かることを確認しようと一昨日、ヴァレンシュタイン中尉の戦術能力を確認する事になった。士官学校を五番で卒業というのは本当か? 戦術シミュレーションの実施で多少は判断できるかもしれない。
中尉は当初それを嫌がった。“自分は戦術シミュレーションは嫌いです。戦争の基本は戦略と補給です。戦術シミュレーションを重視するとそれを軽
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