第19話(改1.8)<白い闇>
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だろうか。
彼女は私を向き手を差し伸べ何かを叫んでいた。
『……』
だが私には彼女の声がまったく聞こえなかった。
「君は……誰だ?」
荒れる海の上で私もその艦娘に問いかけた。だが私の言葉も相手には伝わらない。彼女の両手は空しく宙を切っていた。
(この荒波のためか?)
彼女もまた互いの言葉が伝わらないことに気づいてハッとしていた。
逆巻く波の状況が目に入るが私には何も聞こえない。まるで無声映画だ。
虚しく心苦しい時間が過ぎる。
私が無反応なことを悟った少女は哀しい表情をした。すると急に背後から黒い霧のようなものが現れた。
嫌な予感がする。このまま彼女を去らせては駄目だ。
「待て! ……おい、君っ」
私の叫びも空しく彼女は徐々に黒くなっていく。
(もうダメか?)
その時ようやく、か細い声が聞こえた。
『ワカラナイ』
「なに?」
私は改めて声の先を見た。
その時、私は衝撃を受けた。こんな哀しい表情の艦娘を未だかつて見たことが無かった。
彼女は俯き加減にハッキリした声で言った。
『ワカラナイ』
だが何かが私の記憶を邪魔している。どうしても君の名前を思い出せない。
何か言わなければ! そんな焦燥感に駆られた私は叫んだ。
「おーい、待て!」
だが、その問い掛けも空しく陰影の薄くなった彼女は、そのまま漆黒の闇の中へと消えてしった。
その艦娘の声が私の脳裏で反復していた。
『ワカラナイ……』
それは水中で聞くような反響音を伴っていた。
白い海、灰色の空、そして漆黒の闇。
「……」
何も出来ない私が呆然としていると突然目の前の視界が開けた。それは、あの全滅させられた舞鶴沖の海戦だった。
旗艦を失って右往左往しながら次々と敵の餌食になる若い駆逐艦たちの叫び声が響く。まさに地獄絵図だ。
(これがなぜ? 今ここで……)
悪夢だった。
私は決して優秀な司令官ではないが、あの海戦は思い出したくない。むしろ、それを忘れようと必死に軍人の責務を全うすべく努力してきた。
そのとき私は、うなされていたと思う。だが悪夢は私を解放せず、いつ終わるとも知れない重苦しい波が幾重にも私を襲った。
翌日の早朝だろうか。
私は外から聞こえてくる艦娘の怒鳴り声で目を覚ます。
「助かった」
気付くと全身、汗びっしょりだ。体が重い。
(あの「白い海」は舞鶴沖だが、あの茶髪の子は?)
その瞬間、頭がズキズキした。
「だめだ、いつも肝心な部分が思い出せない」
取り敢えず悪夢を見続けなくて済んだが。
頭を押さえつつ、フラフラとベッドから立ち上る。少し明るくなった窓辺へ向かうと三日月が空に、かなり傾いて
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