百十三 時越え
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汚泥に似た黒い闇が四肢に纏わりついている。
深く冷たい漆黒は紫苑を捕らえ、ずぶずぶと己の中に取り込もうとしている。
けれど、それを妨げる光があった。
紫苑の胸元の鈴が【魍魎】の体内で光を放つ。やわい仄かな光は闇に囚われた紫苑を更に包み込み、彼女の身を守った。
鈴の光の中で胎児の如く身を丸くする紫苑の耳元で、【魍魎】が囁く。
『巫女よ、涙することはない。その光ある限り、我にお前を取り込むことは出来ぬ…だが、いいのか?お前の意に沿わぬモノを見ることになるぞ?』
宿敵である巫女をとうとう己の中に閉じ込めた【魍魎】が、堪え切れずに笑う。勝ち誇った笑い声が闇に轟いた。
『―――この世の最後をなぁ…ククク…クハハハハハ…ッ!』
【魍魎】の哄笑を聞いても、紫苑にはもう何の感情もわき上がらなかった。
抗う気持ちも焦りも感じず、ただただ、空しさだけが胸中を占めている。
世界の終わり、と聞いても何の感慨も無く、諦めの境地で紫苑は瞳を閉ざしていた。【魍魎】の体内である闇の中、現実から眼を逸らすように双眸をぎゅっと瞑る。
もはや紫苑は何も見たくも聞きたくも理解したくもなかった。鈴の結界という名の殻の中に自ら閉じこもる。
不意に、誰かが自分の名を呼んでいる気がした。
(……誰?私を呼ぶのは…)
闇に轟く【魍魎】の高笑いよりも遥かに小さく遠い声。にもかかわらず、その声は彼女が閉じこもる結界の中で微かに反響した。
――――紫苑。
(…――ナルト…?)
【魍魎】に取り込まれる寸前、彼女に向かって手を伸ばした存在。紫苑の瞼の裏で、彼の髪の金色が色濃く過った。
(私はまだ生きている…ならば、ナルトは?)
何度も視た予知夢。倒れゆく金。
あの予知が【魍魎】否、黄泉の配下の一人が変化したナルトのことならばよいが、もし間違っていたら。
どちらにせよ、【魍魎】に世界が滅ぼされるのなら、ナルトは。
(ナルトは……?)
チリン、と美妙な音を奏でていた鈴が、呆けていた意識を呼び覚ます。
そこでようやく、紫苑は我に返った。
「このままでは…ナルトは……世界は、」
胸元の鈴をかき抱く。彼女の想いに呼応したのか、鈴が一際強く輝き始める。
その光の中に紫苑は見た。
まだ紫苑の大好きな母――弥勒が生きていた頃の世界を。
≪……母になにが起ころうと、心乱してはなりませぬ。お前の前から母の姿が消えようと…この世と同じ、泡沫のもの……≫
それは遠い過去の映像。
鈴の美妙な音に雑じって、母の優しく切なげな声音が紫苑の耳朶にひそやかに触れた。
紫苑は鬼の国の巫女でありながら、
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