百十 湖畔で交わす
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お前の母…――巫女さえいなければ…ッ!」
積年の恨みが込められた黄泉の声音が、紫苑に呪詛のように降りかかる。
その声を聞きながら、紫苑は迷路のような通路を必死で走った。重い足音を響かせて、紫苑一直線に歩いてくる幽霊兵から逃れようと、ジグザクとした道をあちこち駆ける。逃げながらも紫苑の手は胸元の鈴をしっかり握り、彼女の唇からは無意識に助けを求める言葉が零れた。
「ナルト……っ」
ナルトは来ない。だって封印の祠に集っていた幽霊軍団の数は尋常じゃなかった。あれだけの数を全て倒してくるなんて、流石のナルトも時間がかかるだろう。
それでも猶、紫苑の唇から零れ堕ちるのは、彼の名前だけだった。
気づいた時には、彼女は通路の一番端に追いやられていた。右も左もわからぬ場所で闇雲に逃げていた紫苑の背後には道は無く、ただ赤々と燃える溶岩の海がボコボコと唸っている。
じり、と後ずさる彼女の足元の小石が、煮えたぎる溶岩の中に落ち、一瞬で溶けた。
「来るな…来るな…ッ」
瞳の無い眼窩に不気味な光を爛々と灯した武人が、槍を大きく振り上げる。絶体絶命の危機に、半狂乱になった紫苑は「来るな!!」と声高々に叫んだ。
すると、急に、鋭く眩い光が紫苑の胸元から迸った。
紫苑を追い詰めてきた幽霊兵はその光を浴びせらせたかと思うと、急にゴトンと音を立てて崩れ落ちた。同じように残り三体の兵達も青銅の胴体を断ち切られ、光が奔った場所から順に音を立てて倒れてゆく。
光は、紫苑に迫る脅威を瞬く間に粉砕すると、静かに紫苑の胸元に返ってくる。
りぃん、と美しい音を奏でる鈴は、その美妙な音色とは裏腹に、青銅の石像を見るも無残なほどズタズタに引き裂いた。
目の前で急に砕かれた幽霊兵を、呆然と見やる紫苑に、黄泉の呆れ返った声が届く。
「なにを驚いている?まさか知らんのか、己の力を…」
「―――紫苑様!」
黄泉の嘲笑に、誰かの声が重なる。紫苑はゆるゆると顔を上げた。己の名を呼んだその人物が此方に駆けてくる。
紫苑が助けを求めてやまない彼は、心配そうに彼女の許へ走り寄ってきた。
「ナルト……」
「ご無事ですか、紫苑様」
幽霊兵が粉砕された衝撃で、座り込んでいた紫苑に彼は手を差し伸べる。ほっと安堵した紫苑はナルトの手を掴もうと、指を伸ばした。
封印の祠前の数多の幽霊軍団をもう倒してきたのか、と問い掛けようとして、彼女は胸元の光がまだ消えていない事に気づく。
その脳裏に、封印の祠に辿り着く寸前に視た、予知夢の光景が再現された。
「紫苑様…?」
幾度も見た、あの金が倒れゆく光景。
それを彼女は見ることしか出来ない。
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