暁 〜小説投稿サイト〜
霊群の杜
傷痕
[1/5]

[8]前話 [1] 最後 [2]次話
<i6413|11255>

今度の塒はエレベーターがあるのだな。
奉はつまらなそうに、電話口で呟いた。


『志ほ瀬屋』の袋を提げて、俺は赤十字病院の受付でもじもじしていた。


―――今、病室にきじとらがいる。


奉からのLINEが、さっき入った。俺は背を丸めてため息をつく。
『鎌鼬』の件以降、きじとらさんは俺を仇を見る目で凝視する。喪ってから気づいたんだ、ちょっと苦手だったあの凝視は、いくばくかの好意を含んでいたのだ。あくまでも知人として、だけど。…あの凝視が懐かしい。
目が潤んでいることに気が付いて慌てて手の甲で拭う。妙に生暖かい気配にふと目を上げると、隣のベンチに座っていた老婦人が、気遣わしげに俺を覗き込んでいた。わ、やべ、病院で半泣きは不用意だった。俺は身の上話を語らされる前に軽く会釈してベンチを離れた。


全身から血を撒き散らして倒れた奉を見た瞬間、『殺してしまった』と思った。
同時に目的を終えた『彼ら』が、俺から抜けていくのも感じた。『鎌鼬』を残してだ。
書棚の陰に潜んでいた飛縁魔は、すぐには動かなかった。ただ、何かを見極めた瞬間、すっと奉に駆け寄って胸元からハンカチを引き出した。
そしてそのハンカチを徐に奉の首筋にあてる。致命傷と思われた首の傷から、すっと血が引いた。
「……なんで?」
俺はさぞかし、間抜けな顔で呟いたのだろう。
「さっき石段でついた、鎌鼬の軟膏よ…きじとらさん、何ぼんやりしているの?」
「………」
「あるんでしょ、この男が貯めておかないわけがないわ」
きじとらさんは小さく『あ』と呟くと、薬箱に飛びついた。そしてもどかしい手つきで小瓶を取り出して瓶を開ける。…そうか、奉もしばしば『薬、薬、薬』の鎌鼬に薬を塗られると云っていた。
「これでも足りないわね…優先順位を考えて塗って。出血の酷い所を中心に」
動顛しているきじとらさんに的確な指示を出しながら、飛縁魔は的確に治療を進める。
「救急車を…」
そう提案するのが精一杯だった。
「そうね、本殿に呼んで。運べる?」
「…警察も」
「要らないわ。貴方は武器を持ってないじゃないの。どう説明するつもり?」
鎌鼬が…などというわけにはいかない。黄色い方の救急車も呼ばれてしまう。俺は119だけ押して応答を待った。


―――あの時、飛縁魔が居なかったら…彼女が軟膏をハンカチに染み込ませていなかったら…考えると肌が粟立つ。
この一件で俺は終始木偶の棒だった。なのに『動顛しないで、よく頑張ったわね…もう怯えなくていいのよ』と、頭をぽんぽんされてしまった。あの瞬間、俺は初めて自分がずっと震えていたことに気が付いた。
飛縁魔に借りを作ってしまった。これはやはり、今後の生活に影響してくるんだろうか…。

ぽーん、とL
[8]前話 [1] 最後 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ